深度 、急速潜行~
[Life as a Half Drow]To Make A Perfect Game
▼なんとなく自分の傾向がわかってきた。
 マスターへのイヤガラセとかよく云われたモンだが、要するに、「相手(敵)に何もさせない」を目指す傾向が強すぎるっぽい。マスターのときと、キャスターのプレイヤーをやるときにとくに。殴り型のプレイヤーのときはそうでもなっていうか、まぁ無理だからやらないだけかもしれないけど。
 戦いがはじまる前に勝負を決めておく、もしくは、戦いがはじまった瞬間に勝負を決める、とかそういう系だ。
 マスターのときは、こういうスタイルはべつに悪くない(むろんマスターが従うべき指針は多い。今回は深入りしないでおくが。下に記す「ありそうか否か」的な部分も当然含まれる)と思う。が、どうやらプレイヤーのときは、それはマズいような気がしてきた。
 マスターのときにそれを試みても、プレイヤーはたいていの場合なんとかしてしまう。最悪でも、逃げ出す余力だけはたいてい残っているし、そうした余力をきちんと行使する。しかし、プレイヤーのときにそれをやると、マスターは本当に詰むことがある。
 プレイヤーにはあらゆることを試みることが許されているが、あらゆるプレイヤーの試みが成功するわけではない。あるいは、あらゆる試みが成功するわけではないから、あらゆることを試みることが許されるし、それが楽しさにもなる(あるいは、なり得る)、と云い換えることもできるだろう。主役(たち)がゲーム世界的にズバ抜けた才能や約束された将来性を持っている世界観であろうとなかろうと、「頭の悪い」はずのキャラクターが重要な場面でとんでもないキレ味を見せて天然の頭脳プレーで窮地を脱するみたいな展開は、けっこう許容されていると思われる。
 しかし、マスターは違う。マスターはあらゆる試みに成功することが許されている(あるいは、誰も許さないことができない)が、あらゆることを試みることが許されているわけではない。マスターはプレイヤーよりもストリクトに「世界の体現者」でなければならない。マスターは、そのプレイに参加している集団の中では例外的な存在だが、ゲームプレイの内部においては、例外「以外」の部分を体現するような存在である。例外は、プレイヤー(キャラクター)たちのほうだ。而して、マスターは、ほとんどの瞬間において、たとえば、頭の悪い敵は確実に頭悪く運用しなければならない、というように、「ありそう」な範囲(それもそうとうに狭く規定された)を超える試みから阻害される。
 マスターがパーフェクトゲームを仕掛けて、プレイヤーがなんとかする方法を思いついた場合、キャラクターになんとかしてそれを試みさせることができるだろう。そして、それが成功しても失敗しても、あとに残る欲求不満は少ない。
 プレイヤーがパーフェクトゲームを仕掛けた場合、マスターがなんとかする方法を思いついても、マスターの運用するノンプレイヤークリーチャー(主として敵対的な)にそれを試みさせるにはけっこうな障壁がある*。「わかってるのに対抗してはならない」というストレスはあとにけっこうな欲求不満として残りがちだろう。
 つまり、マスターがプレイヤーに対してパーフェクトゲームを仕掛けることは、プレイヤーに対してイヤガラセにならない**。プレイヤーがそれに対応してみせた行動は、どの程度成功し、あるいは失敗しようと、マスターにとっても喜ばしい感情を喚起し得る。
 しかし、プレイヤーがマスターに対してパーフェクトゲームを仕掛けることは、マスターに対してイヤガラセとなる。マスター自身はそれに対応する方法と能力を持っていても、それを自分の駒に実践させるかどうかを、プレイヤーよりもストリクトに判断しなければならない。「事実は小説より奇なり」というのにも近いかもしれない。プレイヤーがやることは奇であっても奇なる事実と受け取られやすい、つまり「実際そうなったんだから奇妙だけどしょうがない」と感じさせやすい***が、マスターがやることは、奇であると「そんなスジの通らない小説があってたまるか」的な反感を招きやすい。(まぁ、あとづけの伏線にしてしまい、あとから「実はあれでスジが通ってた」ことにする、などのテはないでもないが、けっこう綱渡りになりがちだと思う)
 で、それでもけっこうマスターからプレイヤーへの仕掛けがイヤガラセになってしまったとしよう。その場合でも、プレイヤーはたとえ完封されても愚痴を云い合ったり反省を語り合ったりする味方がいる。しかし、マスターがやられた場合、その相手がいない。
 うーん、マスターはつらい、のかなぁ。
 今回、新たにキャンペーンが開始することになって(ってほど単純でもないんだけどさ、経緯は。それはまぁ後日書くかも)わたしはウィザードを担当することにした。
 で、今回はどんなキャスターにしようか、と考えた。「今回は敵に何もさせないキャスターでいこう」とか思ったのだが、そのときにふと思いついたのが以上のようなコト。
 うーん。こいつはさすがにイヤガラセかなぁ。
 でも、だからといって、正面から叩き合って敵をなぎ倒すキャスター、とか、マスターが仕掛けてきたパーフェクトゲームを全部対応しきって突破するキャスター、とか、そういうのは自分がマスターをやったときにプレイヤーに存分にやってもらってるので、今さら後追いしたくねぇっつーのもあるんだよなぁ。
 今回のキャラ構築はそんなカンジで激しく迷走中。ま、主として呪文の選択だけの話だが。うーん、敵のやりたいことを全部やらせて、全部防ぐなりかわすなり回復まで耐えるなりしてしのぎ切って反撃し、足し算と引き算の戦いを制するようなキャスターとかにするべきなのかなぁ……。とりあえず、考えてみてもあんま燃えないのが問題だけど。
 あと、もうひとつ、ちょっと違うけど、関係あるかなぁと思うこと。プレイヤーは今回の仕込が今回不発でも、パーティー全滅とかキャンペーン終了とかでなければ、次のチャンスというものがある。けど、マスターは、今回の仕込が今回不発なら次のチャンスはまずない。登場できなかったなら、まだ次のチャンスがあるが、登場はしたけども真価を発揮せずに倒されてしまったというような場合は、再構成して仕込んだネタの部分を次のチャンスで投入しようと試みる場合でも、再構成分の手間が重くのしかかりがちである。うーむ。
 なお、本日の文章はたぶん、現代の TRPGer において少なからぬ比率を占めているであろうプレイスタイルに対してはかなり完全に適用できない文章になってる気がする。んだけど、まぁ、そういうのわからないので、自分とこのスタイルについて書いとくってことで。

* あるいは、単にプレイヤーがそういう行動を「試みることを許さない」マスターも過去には散見した。それも、「それはその PC 的には考えつけなさそうだよ?」ではなく「ダメ」とかそういう単語で、単にフレキシビリティの少ないシナリオが破綻するからとか、もしかしたら「破綻させないことは可能だろうけど自分にはできなそう」とかそういう理由で。個人的にはそれはまずいやり方だと思う。
** ……と思ってるんだけど、「多くの呪文に事実上の完全耐性を持つボスが連続で登場」とかは、ちょっと火力キャスターに対してはイヤガラセちっくだったかなぁ?
*** 「自分のキャラクターはこういう設定だからそれはしない」というような云い方で、このテキストで「マスターが自分に課すべきだ」とわたしが云っている以上に自分の駒の行動をストリクトに制限してゆく種類のプレイヤーもいるようだ。というか、過去にいたことがある、というか、自分もそういうふうに振れてた時期もあったかにゃー。(もちろん、多かれ少なかれ誰しもそういう自分に対する制限は課してプレイしているが、そのタイトさが極端だということ) そういうプレイを他のプレイヤーがカバーして窮地を突破してくれる例も多かったし、でなければ、場合によっては、「ではその選択の結果は受け容れれ」と申し上げて片付けてしまったりもした。いずれにせよ、程度の問題だが、最近は「多少普段の設定を曲げてでも、うまくやってくれ」の側に針を振ってることがわたしは多い。マスター側でも、プレイヤー側でも。しつこいけれど程度の問題だが。
2007/08/01 (Wed)
070801 * Top * 070802
■ Comment
 どうも、嫌がらせ相棒です。・・・んなん事ないと思うだけどなぁ。

 運用の仕方は、前にうちでも上げたとおり(URLの)戦略家だからねぇ、DRRって。

 うちは大体、対応型の戦術家なので、そういう意味ではDRRほど酷くはない?w
 自分で仕掛けるときは、力押しになる事が多いし!

 ・・・まぁカームエモーションはアレだったのかな?w

>「自分のキャラクターはこういう設定だからそれはしない」~~場合によっては、「ではその選択の結果は受け容れれ」と

 あー、確かに自分の行動の結果は受け入れないとねぇ。
 『いや、このキャラはそういうことしないよ』→PC死亡→『マスター、あの状況は云々』とか言われたりすると、『いや、あんたが選んだ結果じゃんか』としか言いようがないものねぇ。その結果が嫌なら、なんであの時普段のキャラを多少曲げてても行動しなかったのか、と。
 まぁキャラクターに固執するかどうかですな。私はD&Dをやってるからか、PTへの貢献を第一に考えますが。
2007/08/02(Thu) 23:17 * URL * DISK #4yuftn/A[編集]
 ああ、なんか前もそんな話してたんだっけw
 んまぁ、今回のコンセプトはなかなか決まらんわ。どうしたもんか。

>いや、このキャラはそういうことしないよ
 まぁ、程度の問題ではあるんだよにゃー。どうしても「それだけはしたくない」というコダワリ方をする人だと、結果はきちんと納得する覚悟して決断してくれると思うんだけど、「こういう選択しかしないよ」的なのに遭遇すると大変だぜ、ってことでw
 パーティーへの貢献は、わしはあんま考えてるつもりはなかったりします。仲間を強めておくのは自分がラクをするためで、残す保険は自分が緊急逃亡のトリガーを確保しておきたいから、とか、とても利己的な動機で動いてたりw
2007/08/04(Sat) 01:38 * URL * DRR #/7QgdNBM[編集]
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