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   深度 、急速潜行~
▼人を救う商売というのは、裏面では人の不幸を食い物にする商売であるともいえる。現在不幸な状態にある人がいなければ、それを今後不幸から救い上げる/脱出の手助けをする商売は成立しない。その商売は不幸を目的としていないが、不幸が存在することを成立するための条件としている。
 商売、という云い方がアレだというなら、稼業/生業などの云い方でもよろしい。
 現場で日々不幸の減量に尽力している人々(臨床の人々だ、ようするに)は、自分が誰かの不幸から日々の糧を得ていることを自覚する機会も多いだろうが、それを改善することに直接従事できる点でその、ある種の後ろめたさを喚起するかもしれない要素を相殺し得るのではないかと想像する。
 現場から遠い場所で、日々不幸の減量につながるであろう基礎を作っている人々は、自分の仕事が直接世界の不幸量の減量につながっているという実感を得られないかわりに、自分が誰かの不幸から日々の糧を得ているということを自覚することも少ない。
 ――と、思っていた。実際にその世界で働きはじめるまでは。
 実際には、基礎の場所においても、とくに予算(これには従事者の日々の糧が含まれるのだが)を確保する段階では、われわれは、それが誰かの不幸に立脚していることを知らずにいることはできない。われわれは、今このような疾病すなわち不幸が世界のどこかで猛威を振るっていて、それをなんとかすることが必要である、あるいは、それがわれわれの社会(日本)にやってきたら大変なので対策をしておかねばならない、ということを主張して予算を請求する。どこにもその不幸に陥っている人がいない事象に対して金が出るような場所では、われわれの業界は、ない。天然痘が絶滅したとき、われわれの業界もまた滅亡に瀕したということは、「狡兎死して走狗煮らる」の好例であろう。(今に至るまでわれわれの業界の資金獲得において重要な役割を演じ続けているエイズの最初の報告が天然痘の根絶の翌年という絶妙なタイミングであったことには嘆息するほかない)
 それでも、基礎の現場においても、自分で使う予算を自分で申請する人々は、別の場所、別の時間(近い将来か遠い将来か)において、それが世界の不幸量を減量することに役立つ(であろう)作業をして日々の糧を稼ぎ出す。
 今わたしがいる職場は、さらに分業化された場所だ。
 わたしは日々、どこかにある誰かの不幸を探し出し、その脅威を整理し報告することで日々の糧を得ている。その先の部分はわたしの仕事ではない。わたしの仕事は、どこかに不幸があるということを探し出し、報告し、だから金を出せ、と主張するところまでだ。まぁ、それはわたしの仕事の「一部分」ではあるが、その部分を単純化するとそういうことだ。
 伝聞だが、ある教授がある日、かれの学生たちに向かってこう叫んだそうだ。「君たちはいったいぼくがどれだけ研究費を集めてくれば満足するんだね!?」
 その研究費を集めてくるために、どれだけの不幸をかれは申請書類に書き込んだのだろうか。学生たちは、その部分――自分の使っている金が誰かの不幸を根拠に与えられた金であることをあまり感じることなく、いつかどこかで誰かが救われるための研究をしていたのだろうか。日本では学生に給料が出ることはあまりないので、かれらの日々の糧はそこから出ているわけではないともいえるかもしれないが。
 わたしが先日作ったフラッシュは、一般の方々にけっこうな好評を博したそうだ。まぁ、好評というのうは作った人間に対するリップサービスなのかもしれないが。
 なかなかに見栄えのよろしいものになったという自負はある。だが、作っているあいだ、わたしは自分の心の一部分が少しずつ冷えてゆくのを感じてもいた。
 わたしが作った動画は、誰かの不幸を集めて、いつかわれわれ――日本――に降りかかるかもしれない脅威を直観的に描き出すものだ。わたしは、その動画のひとコマひとコマに、どこかで倒れた誰かの不幸を刻み込んでゆき、今月末に、それの作成のために費やした分を含む超過勤務手当てを申請する。
 わたしは誰かの不幸を日々の糧に生きている。
 今回の出張先での、中国の同業者のことば――「中国にはこれだけの患者がいる。日本でこれだけの患者を対象に研究ができるか? 充分な数の研究対象なしで、日本の患者を治療するための基礎が築けるか? 中国に来い。中国に若い学生が短期でもいいから留学できるだけの金を出せ。そのためのシステムをつくり、人を集めろ。かかる金はほんのわずかだ」
 われわれの日々の糧は、誰かの不幸という畑に実る。
 それは無駄な金ではない。失敗する可能性は常にあるが、成功すればきちんと役に立つ見込みのある金ではある。だが、その金が、誰かの不幸を根拠に書かれた申請書によって稼ぎ出されていることも事実だ。

 ん? オチが必要ですか?
 ではこんなのはどうだ? 無表情な女医あたりに、こんな台詞を云わせてみるってのは?
「わたし、人を救える……こんなに簡単に……。なのにわたし、どうして悲しくないの?」
「日々の糧。わたしは人を救って生きている。……なのにわたし、どうして悲しくないの?」*
 うは、買うね、DVD買うね。

* 参考
2006/06/26 (Mon)
■ Comment
かわねーよ
2006/06/28(Wed) 04:45 * URL * #EBUSheBA[編集]
 ま、正直オレもそう思うwWw
2006/06/28(Wed) 20:33 * URL * DRR #/7QgdNBM[編集]
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