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   深度 、急速潜行~
[日々のいとまに]190309 ~アイスウィンド・サーガ アカル・ケッセル編~
▼R. A. サルバトーレ「ダークエルフ物語」電書合本収載「アイスウィンド・サーガ」、アカル・ケッセル編ラストまで読了。なんか初読のときより楽しく面白く興味深く読めて、トータルとして気に入った、ような、気が……。
 訳文の違いはまぁ、明らか、という感じではありました。いや、以前のを覚えてるわけではないんだけど、こうではなかった、と思う……。違うなぁとは思うものの、加点や減点はとくには感じない、といった感触で。
 軸となる大イベントの数々はまぁ、だいたい印象を覚えてましたが、順番はかなり記憶と違った感じ。エントレリまだ登場してなかったんだっけ!
 んでまー、何で当時ピンと来なかったのかなぁと思い返すと、かなりそれはそれで思い出されるというか、全体に洗練されてない感じ(小説として、とかではなく、登場する主要キャラクター、NPC、勢力、等々の在り方ややりかたや、そんなようなものの)が合わないと感じたんだよなー、と。洗練というのが妥当かはわからんのだけど。煮詰めきってない感というか、張り詰まらせ切ってない感というか、そんなような……。たとえば当時、直前頃に読んでたドラゴンランスでは、人類文明の進歩度はもっと手前の段階なのに、その中で社会というか何というかが、もっと煮詰まってて張り詰まってたなぁ、というか。
 そう感じたのは今回読んでてでも同じだったんですが、今回はそれがそんなに合わなさと感じられなかったのでした。何でかといえば、たぶん、前日譚たるメンゾベランザン編を読んだ後だったからかな、と。あそこは、わし好みな感じに洗練され、煮詰まり、張り詰まり、突き詰まってた。
 それを踏まえてここまで来ると、この世界の詰まり切ってなさが、全世界的にそうだってわけではなく、このあたりがそういう場所だってことなんだなぁ、と思われて受け入れられた、的な? つうかドロウ社会はホント、わし好みだったわ……。「わざわざ決別するだけの魅力、説得力がある」的な意味でも。
 あの社会が馴染む感じがするというのは、幼女戦記の世界(デグレチャフの目を通して描かれる、デグレチャフが/とインタラクトする)が馴染む感じがするのと自分的には同じ感じというか、あれはあれでやっぱりすげぇすっきりした社会で、テンタウンズあたりとかは全然すっきりしねぇよな、というか。なんだけど、そのうえで、すっきりはしてなくてもドリッズトがそっちにいたいと思うのは、それは納得したぜ、と、前日譚を読んでから読むと、思えた、という感じであるなぁ、とかそんなことを考えた次第です。
 あの前日譚を読み通して、そのあとのドリッズト視線を意識しながら見ると、初読のときと同じように読み取り見て取ったブルーノーが、ウルフガーが、キャッティブリーが、レギスが、初読のときとはかなり違って素敵に感じられることであるなぁ、という……いや、なんか自分で云っててよくわかりませんが……。読んでる自分のセンサーの内部標準がメンゾベランザンになってると、全然感じ方が違うものであるなぁ、とかそういう感じのアレで。
 まぁとりあえず現時点ではそんな感じとしておきます。まだアイスウィンドサガは続くし。つうかやっとでエントレリだ、ぜ。
2019/03/09 (Sat)
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