深度 、急速潜行~
[Life as a Half Drow]Rule Playing Game
▼初めて触れるルールシステム*1 で遊ぶ場合、とくに自分がマスターの場合、わたしのプレイスタイル(マスタリングスタイル?)はだいたい「殺し合い」になる。
 多くのルールにおいて、もっともルールが充実しているのは戦闘の部分だ。基本的に「戦闘になったら負け」ぐらいのものである「クトゥルフの呼び声」(CoC)においてさえそうだ。(だった) そういう「最もルールらしく充実したルール」以外の部分がそのシステムの最もウリとなる部分だとしても、そういう部分の魅力はわたしにとってはそのシステム固有の魅力としては機能しない。そういう味つけ部分からルールの根が不可分に生えているのでなければ、その魅力の部分をひっこぬいてきて DnD なり CoC なりに継ぎ足してやったほうが(少なくとも自分がマスターをやるのであれば)よほど上手く、よほど「そのドナーとなったシステムの魅力も生かした」マスタリングができると確信するからだ。DnD や CoC に PC 枠やシーン制を持ち込みハンドアウトを駆使してプレイすることは容易だ。そういう部分は結局のところ「そのシステムでなければならない部分」ではないのだ。
 わたしは、最初のキャンペーンでは基本的にはルールを遊ぼうとする。プレイヤーの場合も、初めて体験するセッションではルールに挑戦するつもりでキャラを作り、遊ぶ。最近では意識的にそうしているが、当初は単に本能的にそうしていた。CoC ですらそうだった。たぶんマスターも似たような感覚があったのだと思うが。.38 口径を振り回して邪教の信者やビヤーキーと戦ったものだった。アリアンロッドでは飛行可能キャラクター*2 に不可視化能力をつけてみたし、天羅ではヨロイに搭乗してみた。ガープス妖魔夜行で完全にインヴァルナラブルなキャラクターを作れることに気づきながらそれをしなかったのは友人が同じことをやっていたからに過ぎない。DnD 3 版でわたしがマスターをやっているキャンペーン(うちのプレイグループで一番古く長いキャンペーン)は、ほとんど SRPG のような遊び方になっている。
 わたしはべつにそういうプレイスタイルを目指しているわけではないし理想としているわけでもない。目指す場所はむしろ逆だ。単に、あるルールに慣れてゆくにはいくつかの段階を踏む必要があって、その最初の段階は「ルールを遊ぶ」ことだと信じ込んでいる(というか、経験的にわたしはそういうやりかたでしか上達できない)だけだ。わたしは中学時代に初めて DnD を遊び、以来、長いこと DnD しか遊ばずに育った。べつに他のゲームを食わず嫌いしたわけではなくて、単に当初は DnD しかなかったからなのだが、この経験がわたしに、「別のテイストを自分が体で覚えているシステムに取り込んで遊ぶ」ことを学ばせた。最初はただ殺し合う。SRPG のように殺しあう。そうして、体でルールを覚える。TRPG のルールは大抵の場合、戦闘のルールがいちばん充実しているから、ルールを体で覚え込むためには大抵の場合、殺し合いを繰り返すことになる。で、殺し合いを「意識せずにこなせる」ようになったら、それ以外のこと――ストーリーとかキャラクタープレイとか――のほうに目を向ける。そこからが本番だと申し上げてもよろしい。
 たとえば DnD のルールが煩雑だとか、細かすぎだとか、殺し合いに力が入りすぎだとか、そういうコトを、「軽い」ルールを好む方々が云うのを何度も聞いてきた。そういうのがわたしにはわからない。自分にとって一番「軽い」ルールは、一番体に染みついたルールに他ならない。つまり、DnD であり CoC だ。他の誰かにとってはそれがソードワールドなのだろうし、アリアンロッドだという人もいるだろう。ギアアンティークだという意見もあるかもしれない。何でもよろしい。「オレはこのルールを一番軽く扱える。だからオレはこのルールを愛するし、他人にも布教したいと思う」という意見を、わたしはそのルールがなんであれ、肯定する。(わたしはロードス島戦記 RPG のルールのほうがソードワールドのルールより好きだから、自分がクリスタニアを遊ぶとしたら迷わずロードスベースのクリスタニアを遊ぶだろうが、誰か*3 が「自分のサークルではソードワールドがメインだ。で、クリスタニアを舞台にソードワールドで遊んでいる」というのは、以上のような理由により完全に正しいと考える)
 逆に、「このルールにはこの遊び方が合ってる。この遊び方にはこのルールが合ってる。だからこのルールでのこの遊び方を推奨する」というのがわたしにはわからない。さっぱりわからない。「この遊び方にはこのルールのほうがあってるから、このルールを一から勉強しながらこの遊び方をする」ほうが、「すでに呼吸するようにすべての判定をこなせるようになったルールにその遊び方を持ち込む」よりも「軽い」とか、そういうのがわたしにはわからない。
 もちろん、こういう考え方は間違っている。(内輪での遊び方としてはべつに間違いではないと思うが)
 そんな云い方をしたら TRPG の業界は衰退するしかない。我々は十年以上、新たなルールを買うこともなくクラシック DnD を遊んできたが、業界の経済に対する我々の貢献はその間ほとんどゼロだった。
 しかし今や、この考え方は必ずしも間違いではなくなりつつある。DnD(あるいは d20)のサプリメントは次から次へと出版され、体に覚え込ませた DnD というシステムの上に際限なく増築を続けて遊び続けることが、商業的な貢献をも伴う時代がやってきたのである*4。
 わたしは、そうして DnD なり d20 なりに「固執して」遊ぶことが必ずしも正解だとは客観的には思わない。上述したようにわたしの勝手な感覚が「アリアンロッド RPG を遊ぶよりもアリアンロッド d20 を遊びたい」とかそういう方面に走りがちなのは事実であるが。
 ……困った。シメが思いつかない。
 たとえば、見えやすい対象なので毎度例にあげて申し訳ないが、FEAR ゲーだ。あれに関して是だ非だと論じられていることの大半は、実は FEAR ゲーに特有のものではないはずなのである。それは単に現在現象として FEAR ゲーで主に行われているだけであって、そういう肯定されたり否定されたりしている要素は、全部、ほとんどそのまんまでたとえば DnD に移植してしまうことができるコトにしか見えないのである。PC 枠だのハンドアウトだのシーン制だのは文字通りそのまんま DnD に持ち込める。負けロールだのブレイクスルーだのというのはよくわからないが、ちょっといじればこれも持ち込めるだろう。だが逆に DnD を DnD たらしめている特徴の部分(肯定されたり否定されたりする部分)はそれほど簡単には他の何かには持ち込めない*5。
 ……シメが思いつかないのでここらでとりあえず尻切れ感最高潮なカンジでぶつりと終わることにする。
 なんというか、全然まとまってないのだが、モヤモヤした印象を現時点でコトバにすると以下のようなカンジである。「DnD は SRPG みたいに遊べるし FEAR っぽいキャラクター優先テイストを持ち込むことも容易であると DnD 側の民としては感じるが、どうも FEAR 側の民は SRPG みたく遊ばれることを最初っから否定してるような印象があって、なんかもにょなカンジがするなぁもにょもにょもにょ」とかそういうあれなんだが、なんていうか、そういうことをわたしは主張したいわけじゃなくて疑問を提示してみたいわけなのでありまして、「否定ばっかしてんじゃねぇよ!」とかそういうふうに云われるともにょもにょもにょ。
 うぐぅ。

*1 このへんの言葉の定義はよく知らないので曖昧なまま行く。
*2 ルールブックのこの能力の説明には「自由に空を飛べる」と明記されている。たかだか地上 1~2 m の高度を移動することを「自由に空を飛べる」と表現する日本人はいないとわたしは思う。
*3 ベルスポ様を念頭に置いておりますです。
*4 ADnD はすでにそういう時代だったようである。が、現在の 3rd は「日本語のみでも」そうなっているという点で異なる。
*5 どちらを枝葉と考えるかの問題に過ぎないのかもしれない。我々が平然と和製ファンタジーテイストを DnD に持ち込んで遊ぶように、たとえばここで書いたようなプレイスタイルを「FEAR ゲーの根幹である PC 枠だかなんだかの部分をそのままに DnD の戦闘システムだけを持ち込んだ」と云い換えることは可能である。と思う。FEAR な民の方にそういう云い方がアリだと思うかどうかは聞いてみたいところではある。
2006/03/03 (Fri)
060302 * Top * 060303
■ Comment
・>誰か
「おや、どこかで聞いた話だな」と思ったらウチでした(爆笑)。

遊びやすいルールでやるのが一番ッス。
2006/03/03(Fri) 17:26 * URL * がちゃ #sj93pB3o[編集]
ありがとうございます。毎度妙な形のリンクですみません。
いやぁ、「一緒にすんなヴォケェ!」とか怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしながら書いてたりしましたし!
2006/03/05(Sun) 21:15 * URL * DRR #/7QgdNBM[編集]
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