深度 、急速潜行~
[日々のいとまに]170212 ~ネット濃縮~
▼べつに最近になって云われるようになったことでは、全然ないのですが。
 最近、「トランプ王国」で見て、そういえば、と以前とはちょっと違った感想を抱いたのでめも。
 「インターネットの影響力でしょうか。昔は多くの人がテレビで同じ情報を得ていたが、最近はますます自分の好きな情報だけを選んで見られるようになった。そのため自分と同じ考えを持っている人としか話さなくなって(後略)」
 これねー、以前はまぁ納得感だったのですが。
 最近ちょっと違うんじゃないかなーと思ってて。
 たとえば、A という考えの人が、A という考えに寄った情報ばかりしか見なくなって、A という考えに寄った人とばかり話すようになって……というのは、最近ではあまり充分な説明にはならねぇ気がするんだよねー。見当違いというわけではないにしても。
 A という考えとは、まぁ、逆といえそうな B という考えがあるとして。
 A という考えに寄る人にも、その考えにも、まぁデキのいいのとマズいのとがあるわけですが、B という考えについてもやっぱりそうで。
 で、A という考えに寄る誰かが、B という考えに寄っている人のデキの悪い意見を見つけてきて、A に寄った話をしている集団の中で「晒す」ことで、B の不当性についての納得が深まり、A という意見により寄っていく。これがかなり重要になってきてるんじゃねぇの? という。
 そして、B という考えに寄っている集団では、あんなのは一部の例外的にデキの悪い意見にすぎず、全体としての順当さを損なうものではないし、ほっとくべぇ、という感じでいちいち噛みついたりせず、結果的に、A 側からの「あのひどい発言は B 側に黙認されている!」というような反応を招く、と。
 ……いや、ここまでのことも、実は最近になって思ったことではないのですが。
 最近になって思ったのが、B という考えに寄っている集団で、けっこう声がでかい人が、B という考えに寄っているデキの悪い意見を大量にリツイートして褒める、というのを見て、見比べていた人がすごい勢いで B から離れ、全部がじゃないにせよ少なからず A に寄っていき、そこまで行かなかった人ももう B 側には決して行くまいと思う、というのも重要なんじゃねぇの? ということで。
 これ実際、かなり有効な利敵行為だと思うんだけど。
 見比べてて B 側もけっこうフォローして見てるのに B 側の一部が絶賛して RT したりして紹介してるひどい意見を B 側のまともな人たちがちゃんとぶっ叩いてるのが見えないとなると、「あ、B 側的にこれアリなんだ。ってことはオレ的に B 側はないわー」ってなるんだよねー。もちろん、それで自動的に A に寄るってわけでもないですが。
 といって自分の考えとしては B に寄る場合も多々あるわけで、これはちょっとマズいな、と思って B 側で声がでかくてデキの悪い意見を大量にリツイートして褒めてる人をフォローから外してみたところ、見違えるほど B 側にもまともな意見しか見えなく(あ、A 側が探してきて晒すのは別ですが)なって、うおおおすげぇっつーか、そもそもフォローしようと思ったってことはそれまでその問題に関わりの少ない話題についてはいいなと思ったってことなわけなのに、最近ではそれまでのようなその人がいいこと云う話題は話さなくなったうえに B 寄りのデキの悪い意見の拡声器かつ発信源みたいなものになってしまうとは……哀しいことだな……とか、そんな諸行無常な感じに襲われてみた次第です。
 ただまぁ、A 側にせよ B 側にせよ、たとえば、現都知事とかを支持してるような発言を全然見ない――今回フォロー外した方も例外ではなく――むろん、「ときどき「この意見に限って」という程度であれば」肯定寄りの引用をされる方もいらっしゃいますが――という意味では、結局、偏った TL を作ってるんだよなぁオレも、というのは自覚せにゃならんところなんだろうなぁ……。
2017/02/12 (Sun)
170211 * Top * 170213
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