深度 、急速潜行~
[日々のいとまに]150513 ~食用人間がいるのなら……~
▼で。
 エントレリわけて、ちょっとだけ、邪悪なことを書こうかと思います。いや、書かなきゃいいんだろうけど。邪悪なだけに何かの形で吐き出さんといられん気分で。
 べつにオリジナリティーあふれる感想でもないだろうとは思うんですが、軽くだと検索しても出てこないんで。
 あ、「G のレコンギスタ」の話ね。
 以下、邪悪なテキストは水面下に。
 ここから邪悪な水面下。
 えー、クンタラです。
 いやまぁ、これ自体でも邪悪な話なわけではありますが。
 これさぁ、差別と被差別がそこにある、ってところはまぁわかるわけです。つーかまぁ納得してたわけです。終盤までは。
 んが、終盤でのマスクのベルリに対する階級闘争的敵意がなんかすげぇ違和感があって。
 そりゃ、クンタラがそのルーツたる食用人間だった頃は、差別もあったろうし、蔑視だってあっておかしかないわな。
 で、それが、もうそうではない時代になっても、何かしらの形で残ってても不思議はないわな。
 ただ、それが、「その世界における唯一の、ではないにせよ画面上で描かれる唯一の、ということはおそらく随一の、差別の顕現である」的な描かれ方に強烈な違和感があってなぁ。
 んが、その違和感の正体がそのときは全然わかんなくて。
 そもそも、差別だの蔑視だのというのはどういうものじゃっけか、と考えてみて。それが「もう現状には残ってないのに残っている」的なのってどういうものじゃっけか、と。
 で、到達したのが。
 クンタラが食用人間で、その人類の行いに係る差別があるとして、後代までもっとも嫌な感じで残るとしたら、それって、食う者と食われる者の間のものではなく、というかそれよりも圧倒的に強くありそうなのって、「食う者のために食われる者を屠殺する者、それによって日々の糧を得る者」に対する差別になりそうなもんじゃねぇ……?
 という結論でございました。
 それがその世界の描写の中に見えないから違和感なんかなぁ、というような。
 ま、屠殺者差別というのはオレ的には(基本アウトカーストかつ関東育ちなんで)実感としてはなくて、比較的最近に一時期渉猟したある種の関連書物から学んだ程度のものにすぎないので、単に見当違いなのかもしれんけどさ。
 いや実際、マスクのベルリに対する個人対個人の敵意はクンタラ云々だけではないってか、それは副次的な要素に過ぎないんだろう、とはもちろん、思いますけど。
 一度思ってしまうと、「食用人間を食肉にする人々」という階級もまた存在したはずだ、という思いつきが拭い去れなくなってしまったことであるなぁ、とかなんとか、そんなような邪悪な話でございました。以上ッ!
2015/05/13 (Wed)
■ Comment
・コメントを投稿する
URL
Comment
Pass
 
■ Trackback
この記事のトラックバックURL
・この記事へのトラックバック
* Top *