深度 、急速潜行~
[Life as a Half Drow]キャラ作成時限定
▼ヘンなコトを書きます。ついでにまるでまとまってません。っていうか話の筋すら通ってないかも。とりあえずキッカケは VNI 様経由で見つけた「美形が『あほやなぁ.』と言ったらいけませんか」ですが、こちらの記事に対する意見とかでも何でもないです。なんとなく思ったコト。
 わたしはアメリカ生まれの千葉→東京育ちです。最初の部分が意味不明ですが、生まれて二ヶ月しかいなかったんで言語的バックグラウンドは完全に日本人です。で、千葉の東京付近で小学校時代を過ごし、中学から東京に住んでます。東京人、というものが存在するんだとすればまぁそれに含まれるといえるんじゃないでしょうか。
 わたしには方言がありません。まぁ、だからといって標準語が正しく喋れてるかどうかは疑問といえば疑問ですが、それはせいぜいが「間違った標準語」であるに過ぎず、「標準語を喋ってるつもりが方言が出ちまったぜハズカシッ!wWw」というものとは全然違います。
 そして、今さら方言を習得することはまぁまず不可能でしょう。関東育ちの友人が関西方面に仕事や進学で行って、久しぶりに会ってみたら妙な関西弁っぽい喋り方をするようになってて頭に疑問符、という場面に何度も遭遇していますが、連中はやはり「関西弁の中で暮らしてると自然にうつる部分もあるけど、がんばって真似しようとしても真似しきれるものではない」と口を揃えます。
 方言というやつは「キャラ作成時に限定して習得可能な地域限定特技」なんです。
 これに対して標準語/共通語というやつはスキルポイントを振れば誰でも後から習得できる言語です。関西人であれどこの地方人であれ、標準語をしゃべるかれらは標準語を完璧にマスターしてるでしょう。それを使うか使わないかという選択において関西人は比較的「関西弁で通す」という選択をすることが多いという印象はありますが、あれは「標準語を喋る能力がないから喋らない」というモノではないはずです。あるいは、標準語はたとえ正しくなくても通用するように人工的に作られた妥協点であるとかいうようなコトを云ってみるとよりよいのかもしれませんが、とりあえずこのへんの定義に関する深入りは回避。
 正直に云おう。
 羨ましいぜ? 関西弁と標準語(かなりよく似てるけど独立した言語)のバイリンガルってことだろ?
 ついでにさらに正直に云おう。
 羨ましいと思ってるだなんて、知られたくないぜ?
 リンクさせていただいた記事の本題に関しては異論も反論も文句もありません。美形が関西弁を喋ってはいかんなどとは思わないし、思うヤツがいたらそいつは阿呆だと思います。
 が。
 セッションに関西弁を喋る関西人が混じってて、それをリプレイに書き直すという場面に遭遇したらたぶんわたしは悩みます。
 関西弁を関西弁のまま、しかしリプレイという「修飾されたプレイレポート」にリファインすることは、わたしにはできません。語られた言葉をそのまんま口述筆記的に文字にする自信すらありません。わたしは関西弁で語られるセリフの内容をたぶんほぼ正確に理解できています。でも、それを関西弁のセリフとして正しく文字に落とせるという自信はまったくありません。
 曲解された関西弁しか知らず,失礼な人間
 関西方面の言葉をまとめて関西弁と言うのもちょっと

 OK。そいつは正しい。まったくもって正しい。
 けどな。
 オレらに「正しく関西弁を理解すること」「関西方面の言葉の差異をただしく理解すること」が不可能だってことは、東京人が喋る似非関西弁がどれほど不様であるかを知ってる関西人が、いちばんよく理解してることじゃないのか?
 東京人が関西弁を憎むのは、羨望と劣等感の裏返しなんじゃないのかなぁ。「お前らは! オレらがどう頑張っても今さら絶対に真似のできないスキルを当たり前に見せつけやがるッ!」とかそんなような。こっちの標準語はあっさり真似されて習得されちまうってのにさ。
 オレらには地域限定特技としての方言という言語スキルはない。お前にはある。そして、それをこっちのフィールドでも臆面もなく使いやがる。
 おい、こっちは大阪に転勤になりゃあ本物の関西人に笑われるようなヘタクソな似非関西弁に染まってやってるんだぞ? ちったぁ察しれ?
 失礼。いや、東京で関西弁を使うな、とか、そんなコトを云うつもりは全くありません。セッションで使うなとも云わないし、自分の発言が勝手に書き換えられてたら不愉快になるのは当然だと思います。
 ただ、あんたらはオレらが持ってないモノを持っている。
 オレらはそれを持ってないだけじゃなく、それに相当する別の何かをすら持っちゃいない。
 そのあたりは御理解いただけるとよろしいんじゃないかなぁ? とか、とりあえずそなかじで。
 なお、わたしは東京人として語ってますが、べつに東京人の意見を代弁してさしあげようなどと大それたことを考えているわけではないです。
 関西人に対するネガティブ感情もないです。
 ただ、アメリカ人(移民国家という意味で、この話題においては東京人と相似する部分がある)が相当がんばって日本文化を勉強しても日本を舞台にした映画を作ればなんだか「アレェ~?」なデキになるという実例をさんざん見せられてしまうと、「アメリカ人が、作品中の舞台がどこであっても英語(米語)で脚本を書いちまう気持ちもちょっとわかるような気がしてくるなぁ」とかなんというか、ゴニョゴニョ。
 ヒー。

▼以下はさらにとりとめのないアレやコレ。
 うちの親父は鹿児島人です。で、時代劇やらのドラマで薩摩の民が登場するたびに「なんだあれは、まるでデタラメだ」と云っておりました。それを見ながら、わたしは子供心に、「ああ、方言を知らないオレは今後いかなる方言が登場する物語をも書くことができない、あるいは書いても本物の当地人の不興を買うことは覚悟しなきゃならんのだな」としみじみ思ったものでした。
 今わたしががんばって関西弁を勉強して関西弁を喋る関西人が登場する物語を書いたとして、それ見た関西人が「あー東京人にしちゃあ頑張ったかもしれんが、そのキャラ神戸人なのに言葉は大阪弁じゃぜい?」とか云うんだろうなーと思ったら「もういい! オレの小説には標準語のセリフしか出さねぇ! 関西人も北海道人も沖縄人も標準語だ!」とかそういう気分にもちょっとなるようなならないようなフゴーフゴー!
 最後にさらに蛇足をもうひとつ。明らかに蛇足だってことはわかってるんだけど、足がないってんで揚げ足取られた蛇はがんばって足を生やさずにはおれないんだよ。それがオレの弱さだってことは理解してるけどな。今回の話題はあくまで「地域限定特技」です。アメリカ合衆国を例に引いたのは、そのためでもあります。アメ公がいつでもどこでも自分がスタンダードだと信じ込んでいる(あるいは、そのように見える)のは、たぶん半分は「そうでないということを認めてしまったら何も残らない」からなんじゃないのかなぁ。何も持ってない者は自分が全てを持ってるかのごとくに虚勢を張り続けるしかない。でも、それが虚勢だってことはとっくに周りにゃバレている、とわたしは思ってましたが、どうもそうでもないのかもしれないのかなぁ?
 さらにさらに蛇足だ! 足がいっぱいあってオトク! 今日になってこんなコトを書こうと思ったのは、今「聖骸布血盟」という小説を読んでて「んあー、生まれたときから宗教的バックグラウンドを持って育った人間の宗教的バックグラウンドってやつは絶対にオレなんかにゃ理解できんな。たとえオレがいずれかの宗教に後天的に全面的に帰依したとしてもそれは別の種類の Piety にしかならんだろう」とかそんなコトを思って、そこから連想したからだったり。
 あと「鬼女の都」(by 菅浩江)の印象もいまだに引きずってます。

▼無関係っちゃ無関係ですが、都会人についてのアレやコレに関するイカすテキストにリンクしといてみる。
2005/10/05 (Wed)
051004 * Top * 051005
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