深度 、急速潜行~
[日々のいとまに]140901 ~江戸しぐさの正体~
▼原田実「江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統」読了。
 ずっと待ってた本で、発売直後に速攻で購入した次第。まぁ、タイミング的にできれば電書で欲しかったですが、電書が存在してなくてな……。まぁ、読むこと事態は紙本のほうが快適ではあることは間違いないので、いいっちゃいいんだけどさー。
 まぁ、そもそも、最近の「江戸しぐさ」なるものがいったいどんな恐ろしいことになってるのか、まったく知らなかったので、そのあたりから興味深い読書になりました。本書中にある「「江戸しぐさ」は(中略)東京メトロ(中略)が作った広告コピーだと思った人も少なからずいたようである」ってまさにそれだよオレ! つうか営団だったっけ? 都営だと思い込んでました。ちょうど大江戸線が動き出してた頃だったし、「なるほど、「東京」発のマナー向上運動に「江戸」と名づけるか。いいんじゃない?」とか、そんくらいに思ってたぜ……。
 ってことで、まぁ、個人的には、べつに専門家でもなんでもないけど、「江戸しぐさ」なるものが本物の歴史なわけねーじゃんと歯牙にもかけないぐらいの立ち位置にしかいられないものではありますが、とても興味深かった次第です。
 ……いや、こんなんが本気で義務教育現場に持ち込まれてはたまらんけどな、実際……。
 で、えーと。
 ここから水面下。
 ということで、全般にはあんま茶化すような本ではないとは思うのですが、どうしてもツッ込みというか、「ちょw」と云いたくなってしまったことがいくつかあったのでめもー。
 60 ページ「落語「時そば」(上方落語では「時うどん」)」ってマジ!? ギャグかと尾思ったぜ!? ホントにそこのネタが蕎麦じゃなくてうどんなの!?
 132 ページ「江戸っ子wさん」……って何を云っているのかわからねーと思うので解説しますと「一九八六年に、「江戸の良さを見なおす会」名義で出帆された最初の「江戸しぐさ」関連書籍」の中にある文章なんだそうです。「“江戸っ子wさん”の親類の方を探しています。(中略)表敬訪問されたwさん」……という文脈でして、つまり「w」は固有名詞らしいんですが、だったら「W」と大文字で書いてくれよ! 「江戸っ子w」って「江戸っ子()笑」の意にしか見えないって! ちょwww江戸っ子www とかそういうアレでしょこれ! ま、1986 年に草はないですけどね。しかし、わかってから読み直してもやっぱり「w」が句読点か感嘆符の一種にしか見えなくなっている自分の感性に正直愕然とした、ぜ……。
 163 ページ「私たちが自覚できる認識を六識に分類する考え方」のあたりって、あれだよなぁ、聖闘士星矢世代にはこのへん、基本教養だよなぁ……。まぁ、その基本教養の中身がどんだけアテになるかは別ですが。
 197 ページ「現在の小学校教師はカップリングを考える腐女子の如くに掛け算の前後にこだわることを余儀なくされている」は思わず鼻水フきました。いやいやいや、君の云うことはわかるけど! わかるけど! そりゃネット棲息者としてはわかるけど! それはさすがに紙の新書で注釈なしで書くことではない、のでは、ないでしょうかにゃあ……? いや注釈つけようったってそれはそれで大変でしょうが。
 で、203 ページ。「「江戸しぐさ」と同和教育は両立できるか?」 これは、ちょっと、「へ?」と、思った、というのが正直なところでありました。どんくらい「へ?」だったかというと、速攻で著者略歴を見に行ってしまったぐらい。なるほど、広島のご出身でいらっしゃいましたか。こればっかりはなぁ……。江戸しぐさが「時代としての」江戸であると同時に、あるいは以上に、「立地としての」江戸である、という設定を考えると、どうにも、さすがに、そこは手が回らなくても仕方ないところなんじゃねぇの? というか、なんでそんな「関係ない問題」を唐突に持ち込んでくるんだ? と思った次第です。というのは、一時期網野善彦だの赤松啓介だのをさんざっぱら読み漁ってたことがあったりで、そのあたりの「関東と関西の差別の実態の違い」みたいなのをちょっと考えることになったことがあってだな。というか、そのあたり読み漁る頃まで、実際「同和」について、正直さっぱりわかってなかったんだよなオレ。今でもあんまわかってませんが。関東では(というくくりは乱暴ではありましょうが、実感としてそうであり、また、いくつか渉猟した範囲では実際そうであるようなのですが)まったく実感ないっぽいのよ、この主題。だからといって関東(関東以北)に差別がなかったという話ではないし、そこを無視していいって話にはならないはずではあるんですが、「同和」「部落」といったキーワードを持ってこられてもまるでピンと来ない。「東夷しぐさ」がそのへんをまったく考慮した形跡がない、ってのは、そりゃ、さすがに考慮しないだろ、そんな時そばが時うどんになる地方の習俗とか、知らないし、と、ちょっと同情気味の感情も生まれてしまったのではありました。まぁ、文科省の方針はべつに関東と関西を切り分けはしないので、無視していい齟齬ではない、というのも、そりゃそうなんだろうけどねぇ……。
 そして、これはもう編集のセンスってだけなんでしょうが、「本章のまとめ」の書き方には笑ってしまったぜ。ドロヘドロかよ! と! 君は!
 以上!
2014/09/01 (Mon)
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