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   深度 、急速潜行~
[日々のいとまに]110628 ~日本中世の民衆像~
▼そしてさらに渉猟は続き……網野善彦「日本中世の民衆像」読了。
 ま、まぁ……さすがに今度ばかりはちょっとばかり食い足りないというか、「あたし、みんな知っていたな」という気分になったりも……。文庫や新書で手に入る網野著作としても比較的古めと思われることでもあり、提起された問題についてすでにより深く書かれたものも読んだ後だったりする部分も少なくはなかったですし。……つまり、ひと通りの渉猟が終わったら、集めた網野著作を古い順に読み直してみる、とかも必要になったりするんじゃろか……? それはちょっとヘヴィな気もするかなぁ……?
 んーでも、量的に見ても新書のこの情報量の限界を思うと、学芸文庫だの学術文庫だのが目を剥くような金額を取るのも納得というか、……むしろ新書の相場って高くねぇ? などともちょっと思ってしまったり。
 とはいえ、やっぱりこれも、実際にそういうキャンペーンを作るとかになったら、直球で使いやすそうな 1 冊ではありました。職人歌合などからのイラスト(って云い方いいのか?)の引用数も多く、また見やすいのもイイ感じ。
 その他、いくつか、「ううむ」と思ったところ。
 「歴史家はとうてい民衆の生活など明らかにすることはできやしないという、これは文献史料の限界をよく知った人々にしばしば見られる投げやりな姿勢」というところに、おそらくその記述の意図したところとは違う「ううむ」を感じてしまったり。赤松著作における柳田批判なども連想しつつですが、「史料たりうるものを抹殺する」ことにやたら熱心な善意の行動を多々目にし耳にする昨今についてねー、いろいろとねー。だから、流通の制限は考え方としては全面的に否定はしない(線の引き方については相当に黒領域を狭め狭める側にあるべきだと思いはしますがそれはオレ的には別の話)けど、単純所持の規制は、たとえどれほどそれが本当に有害なものについてであってもなされてはならないと確信するわけで……ってまぁ全然関係ない話なので深入りしないでおこう。
 もうひとつは、東日本と西日本に関するアレコレ。これは差別(とくに部落差別)のあり方についての違和感という形では、今回の渉猟において大いに意識してることではありましたが、それに加えてもっと……こう……なんというか……なんというか……といったような部分にざわっと来るものも。
 ……うーん、やっぱり、フィクションの糧にと思って読んでるつもりでも、現在の自分の実感につながりそうな何かが見えてしまうとついそっちの感覚で見てしまいがちなのは、いいのか悪いのか……。
2011/06/28 (Tue)
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