深度 、急速潜行~
[日々のいとまに]100308 ~涼宮ハルヒの消失(劇場版)~
▼観てきました。
 この短期間にアニメ映画を 2 本観てるとか、我ながらナニゴトかと思います(ってかアニメじゃなくてもそんなに観ないな、普段は)が、ちょっとココんトコいろいろと気分がアレでして……の続きで何か突発的に夜映画観に行きたくなって行ったとかそんな感じ。原作読んだアニメの劇場版、とかそのくらいの間合いなモノを。
 まぁ、上出来だったとは思います。思うんだけどな。
 上のようなコトをなんでわざわざ書いたかっつーと、「なのは観てなければ」また違った感想もあったかなぁ、と思ったからでして。
 どっちも原作つき(片方は小説、片方は TV シリーズアニメですが)の劇場版アニメで、近い時期に観ると、やっぱどうしても比べてしまってな……。
 なのはの圧勝、てのがオレの感想です。ただまぁ、比較の視点から云ってる部分については、まずもって客観的とは云えないのは自覚しております。
 ハルヒのアニメ(TV シリーズ)についてのオレの感想は、「デキのいい、動く、小説の挿絵」というものでした。まぁ、そういう作風だよね、作ってるトコが。それが悪いとは決して申しません。なんせデキはいいわけですから。TV シリーズなら、何の不満も感じなかったんですが、直前に観たなのはがな。明らかに、「TV シリーズの挿絵」の域を超える……って何云ってるのかわかりませんが、要するに、単に原作を素直に劇場用にまとめればこうなるだろうと想像していたモノを全力でブッちぎって、かつ、それ以上の仕上がりを投げつけてきたシロモノだったわけでして、その印象と比べてしまうと、「劇場版という舞台に出て、出てきたのは単にクォリティが大幅に向上しただけの「原作の動く挿絵」か!」と……ついつい思ってしまったような次第でございましてな……。これのために話数を埋めるために、あの 8 週間があったのかよ……と思うと、な……。ちょっと、な……。
 ただまぁ、そういう視点で振り返ると、実はエンドレスエイトはものすごくよかったんじゃないかというか、あれはあれで不思議な可能性の発露だったのかもしれんなぁ、とかそんなコトも思ったりも。いずれも「デキのいい、動く、小説の挿絵」としてのありかたを外れることなく、ちゃんと違ってるものがあんだけ作られたわけで……ま、8 通り、と云うのはちょっと厳しい差異なものもありましたが。(うちでの感想は、2 週目5 週目何週目だったか忘れた終了時) あとは、エンドレスエイトの描写を彷彿とさせる消失における描写は「おっ」という感じでよかった感じ。え? オレもしかしてホントにエンドレスエイトが好きなのか?
 ハルヒが人気出て、まだ映像化してないエピソードを劇場版にしようと思ったら「消失」しか有り得ないよなってのはわかりますし、そのためには TV シリーズ第 2 期は明らかに必要ですし、そうなればこうするしかなかったんだろうと思いますし、その上で、最初の映像化としての劇場版として何か文句が出るクォリティのモノであったかといえば、後述する一点(その一点はオレとしてはそれだけでかなりデカい減点を感じる一点なのですが)を除けば、決して、なかった、と思います。なのは的に、「憂鬱」を劇場用に大胆にアレンジして投入、ってのは面白い勝負(なのはとの勝負とかそういうオレローカルな話じゃないですぜ。それ自体のバクチ的な意味合いで)になったと思いますが、それじゃ確実な興行的成功は請合えないだろうしねー。(んがまぁ、長編としての仕上がりは明らかに「憂鬱」が頭抜けている、とオレは思います、ので、うううううむ、とも思わないでもないというのもまたアレですが。次点はむろん消失。分裂~驚愕が出てればどうだったんだろう)
 もうひとつ、オレがズレてるが故にピンと来なかったのであろう点は、「消失長門、全然こねぇ」って点でございました。我ながら妙なのは、「小説ではけっこうきてた」ってことでして。逆に、小説ではそれほどでもなかった「定常長門」は、アニメ版ではかなりきてまして、エンドレスエイトでは場面場面で強烈な画がありましたし、今回の劇場版でも明らかにオレ的には「定常長門」はグラグラくるものがありました。ま、この点についてはホントに単なる趣味の(しかも最もしょうもない基準での)話なので余談です。余談ついでにもういっちょ。長門が綾波を踏まえて登場してるという認識はさすがに当然の前提として話してしまってよいと思いますが、綾波の「もうひとつの可能性」が放映版 26 話のアレになり、長門の「もうひとつの可能性」が消失長門になったという点については、オレ的には明確にこれは「進化である」と申し上げたいところです。TV シリーズを原作とする劇場版としては、「序」は……まぁ、かなり「ああ、観に行かなくてよかったな」という感じだったりしたってのが正直なところですが、それはまぁ「破」がけっこうな仕上がりらしいので、あまり大声では云わんでおきます。
 ……ってな感じで、全般には「絶賛までは正直よくわからんが、満足」という感じだったのですが。
 ですが。
 ひとつだけ。
 これはないだろ、って点がな。
 そして、それがオレ的にはかなり決定的なポイントでな。
 ジムノペディだ。
 予告は素晴らしかったですとも。映画の予告にクラシック系の曲を使うのは定番ですし。
 が、本編でサティに頼りすぎだ。
 サティが嫌いなんじゃねぇっす。むしろ好きすぎるんです。ある時期、オレはサティのあるベスト盤(2 枚組のやつ)をえんえんとループで聴いてました。おかげでサティはサティとして魂に刻み込まれすぎてまして、映画観ててサティが流れるたびに、オレの魂は一気に映画没入モードからサティモードに自動的に切り替わってしまい、なんかもうアレな感じに。
 なぁ、劇場版だぜ。
 聞き覚えのある曲たちだって、ちゃんと新規に録ってるんだろ?
 何故、終盤のあのとてもとても重要な場面をサティに頼ってしまったんだ……。
 あれで、すごい勢いでがっかりきました。
 すごい勢いでがっかりするのはたぶんオレだけですが、多少がっかりした人はけっこういたんじゃないかなー、と、思います……んですが……違うかなぁ……?
 あとだらだらした感想をみっつ。
 そのいちー。スタッフロールは、個人的には、やっぱり 2 コ目からはオケ入って欲しかったなぁと思います。まぁ、それやっちゃうと「普通になっちゃう」気はしますが。
 そのにー、消失長門は上述の通りアレでしたが、消失ハルヒは不覚にもけっこうきました。うぐ。……つまり、定常時のあの制服がいかんのだろうか……。
 そのさんー。芋虫ハルヒは最高すぎて死にました。もうずっと芋虫でいいよってぐらいの!
 以上ッ!
2010/03/08 (Mon)
■ Comment
・コメントを投稿する
URL
Comment
Pass
 
■ Trackback
この記事のトラックバックURL
・この記事へのトラックバック
* Top *