深度 、急速潜行~
[日々のいとまに]091117 ~重すぎるのか、軽すぎるのか~
<私は貝になりたい>サリンBC級戦犯――拘置所で再発防止に尽くすオウム死刑囚たち
 死刑であるべきだと思っている者のほうがたぶん多い。被害者も、そしてかれら自身もそうなのだろうということは明らかに読み取れる。
 ただ、マスコミの印象操作に対する強い危惧感には共感するところっつーか、斬らないんだったら泣くな、というか、斬るところまでは変更すべきではないけど、斬る以上は泣いてもいいんじゃねぇかというか、「では本質的に刑を宣告し、執行の決断を下すのは誰か? その主体は「この国」です。国の組織が動いて、これらの秩序を維持している。日本国憲法は「国民主権」を謳っていますから、実はこうした法秩序の維持の権利も責任も、実は国民自身が本当は負っているはずです。」の「国民自身」には当然死刑囚当人たちも含まれるよなぁとか、そんなことをウウウウウムと考えた次第。(外国人に死刑判決下したわけじゃないんだからさ)
 まぁ何にせよ「さらにそうそうに「自首」を認められた元・慶應義塾大学病院の林郁夫医師(62)1人だけは、求刑から無期懲役で早々にそれが確定」の気持ち悪さは確かになぁ……。
 なんか連日、まとまらんというかどこにも到着しない話でアレですが。
 ってか、本筋からはズレるけど、裁判員制度はあれはイヤだなぁと思います。死刑か無期か、という判断ならば迷うことなく死刑と云えると思いますが、「有罪か無罪か」と問われたときに迷うことなく有罪と云えるかといえば云えない例は多そうな気が。「有罪だったら死刑も視野だろ」ってな本格的な重罪じゃなく、罪の重さに見合った罰をって議論ならば専門家が「計算」するべきでしょう。でも、「それを罪だと云うのはおかしい!」とか「それを正当な取調べだと云うのはおかしい!」とか「それが証拠能力アリと云うのはおかしい!」とか「それが責任能力ナシと云うのはおかしい!」って段階にこそ「非専門家の」意見が反映されるべきとこだと思うんだけどにゃー。逆なんだよにゃー。
2009/11/17 (Tue)
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