深度 、急速潜行~
[Life as a Half Drow]Focus of Mental Power
きまぐれ TRPG ニュースさま経由で、ペテン師さまの「[chat] 20090731#2」……ってタイトルじゃわからんな。「プレイヤーを従えるシステムを選ぶプレイヤーを従(ry」
 何度か書いたコトな気がしますが、うまい表現を見つけると「そうそう、その云い方だよ!」と膝を叩き、そのたびに再度書いたりしておりまして。
 「そもそもTRPGは言葉によって、ウォーゲームのルールだけでは処理できなくなった物事を、どうにかやりくりしようってことから始まってるわけだし」
 「自分が遊びたいことをルール化出来ているゲームシステムを選ぶ、っていう視点がなんで無いんですか」
 その云い方ですよ!
 わたしの感覚はこうです。「そもそも、わたしにとって TRPG は、言葉だけでは処理できなくなった物事を、ルールによってどうにかやりくりしようってことから始まってる、といえる面があります。したがって、自分が遊びたいこと「以外の部分」をルール化出来ているゲームシステムを選びたくなります。たとえば、戦闘が嫌いだから DnD を選ぶ、とか。ストーリーを作るのは「われわれの言葉の」管轄なんだから、ルールは踏み込むんじゃねぇ。戦闘の勝敗を決める部分は、われわれの言葉の応酬によるべき部分「ではない」から、自分のメンタルパワーを消費するのはやめて、外的にルールになんとかしていただきましょう。イエイ遺影」
 もちろん、そんなにクリアーに排他的に切り分けられるモンではありえないのではありますが、程度はともかく、志向する方角が「逆」であることはかなり明確なように思われますので、うううーむ、と唸ってみて、唸ったことをこのように記録しておいてみる次第。
 つまり、じゃ戦闘ゲーム色が薄いクトゥルフを(もちろん d20 じゃなく d100 ので)遊ぶときにどうなのかというと、戦闘の勝敗を決める部分を「われわれ(つまりマスター)の言葉で」かなり左右できる余地を多めにしておきたい、という感覚が、あるのかもしれん? 左右というか、ほっとくと PC は死ぬので、とりあえず最後に手記を書くヤツは、ひとりは(可逆的な発狂までならともかく)死なないように生かしておかねば、という「左右」をマスター権限でやらかすためには戦闘ルールがしっかりしてるよりしてないほうがやりやすく、また違和感が薄くなる、と思う、というような? この場合、どちらが「戦闘を重視している」んじゃろうか。うーむ。どちらにおいて「戦闘における「ストーリープレイ」を重視しているか」ならクトゥルフ側ですな、わたしの感覚では。
 んがまぁしかし、やっぱりそんなにクリアーに排他的には切り分けられんつーだけのことではある、かなぁ。
2009/09/15 (Tue)
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