深度 、急速潜行~
[Life as a Half Drow]ネカマ、女キャラ、その他
▼ネカマという言葉はもとはといえばネット上でリアル性別を女性と偽る男性を指してたわけですが、そうした時代を知らない人々がネットゲーム界で少なからぬ比率を占めるようになると、単にゲームで女性キャラを使用する男性をもこう称する例が増えるようになりました。
 まぁ、定義の話はここではどうでもいいや。「お前は男のクセに女のキャラを演じるのか?」というのは「お前は学生のクセに剣士のキャラを演じるのか?」というのと同じで極めてナンセンスだと思うわけですが、「キショい」的な生理的な不快感が生じる境界線は人によってさまざまだろうし、また、そうした不快感が生じ得ることじたいを否定してみたところで、差別用語を言葉狩りして差別が撤廃できないのと同じでその不快感自体を消し去れるわけではないわけで。
 で、わたしはけっこう女キャラ使用率高いんだよなぁ。数えてみると明らかに。でも自分の記憶に残ってる自 PC としては男女は半々っちゅかむしろ男のほうが多いわけです。例? あースタックと霧崎杳かな? 女キャラで自分的に同等のインパクトがあるのは夜霧夕香ぐらいだし。マスターとして動かした NPC はまた別枠になるのでとりあえず今回は省略。
 考えてみた。
 わたしの場合、女キャラを使うことには「過剰な感情移入を抑制する」という効果があるのかもしれん。
 美少女戦士セーラームーンを御存知でしょうか。
 なんでとつぜん、しかもいまさら「せらむん」やねん、という疑問はごもっともですが、まぁ、要するに「じゃあ女キャラ使って女言葉でしゃべるってのはどうなんだろ。女言葉?「ですわ」とかか? 「ですわ」といえば「冷たいお言葉。これからですわ!」はゾイサイトのセリフだったよなぁ」という連想があったからです。がまぁ、こいつは考えてみたら格好の例であるなぁと。
 わたしのせらむん歴は、
1) 妹がたまたま借りてきた原作連載誌(なかよしだっけ?)で第一話をたまたま見て「あーなんかつまんなそう」と思う。当時妹は「りぼん」愛読傾向であり、わたしも「りぼん」はよく見てた。柊あおいの「トロイメライ」を弾く話(調べてみたら「銀色のハーモニー」なるタイトルだった。そうだった気がする)が好きだったのじゃが。
2) 当時の友人連中がハマりまくってたのでひきずられてついにアニメ版を観る。ゾイサイト退場~ヴィーナス登場あたりの時期から観はじめ。
3) TV シリーズを視聴しつつ友人連中に貸されて過去放映分を観る時期が一時期。
4) R の中盤(TV オリジナルが終了したあたり)から観なくなる。
5) S の序盤をちらっと観るが結局観なくなる。
 原作についてはもちっと長いこと追っかけてたんですが、まぁ今回の話と関係なくなるので省略。わざわざ歴を記したことには意味があります。それは第一期シリーズの構成が以下のようなものであったということでして。
 アニメ版のせらむんは戦隊モノらしく四半期ごとに悪の秘密結社の前線指揮官が交代するつくりになっておりました。第一期はジェダイトという名で、わかりやすく「作品世界の悪の結社の行動パターンとかの基礎を構築する」悪の幹部というキャラクター。これは第一期ラストに度重なる失敗の責任を取らされ処分されたと思います。第二期はネフライト。このキャラクターは第二期終盤に、作戦上の都合で接近したはずの主人公「月野うさぎ」の親友「大阪なる」と恋に落ち、悪の結社から足を洗いそうになった(んだっけ? 詳細は覚えてないけど、要するにそういう類型です)ところで、悪の結社内で立場的に競争関係にある第三期幹部のゾイサイトに足元をすくわれて死亡します。第三期幹部ゾイサイトはカマっぽいキャラクターとして描かれており、第四期幹部クンツァイトと BL 的な関係にあるっぽく描写されます。で、第三期終盤に度重なる失敗だか重大な失敗だかの責任を取らされて処分されます。クンツァイトはまぁいいや。
 えーと、上述の四期構成とわたしが TV シリーズを観始めた時期を重ねてください。わたしは(ゾイサイトが同僚の足を引っ張ってこれを死に至らしめ表舞台に躍り出る段階である)ネフライト編を後から知り、ゾイサイト編の終盤(かれのクンツァイトに向ける純情の描写や散り際の輝きの描写に力が入ってた時期)から観始めてます。このことが、わたしがこれから述べることに多少のバイアスをかけている(ゾイサイトに対する評価が高くなっている)可能性は否めないわけなので。
 ネフライト編ラストは、云ってしまえばきわめて王道なストーリーでした。悪の秘密結社の幹部が作戦的な目的で主人公の親友の娘っ子を誘惑してみたものの、ミイラ取りがミイラで自分もその恋愛感情にハマってしまい、どたんばで改心する悪の幹部→死亡という展開でして、この第二期ラスト 2 話「流れ星に願いを!なるちゃんの純愛」「なるちゃん号泣!ネフライト愛の死」は、確かに型どおりではありますが、であればこその破壊力に満ちた名エピソードであったことは、あとから観たわたしとしても認めるところであります。
 さて、長々とせらむんの話をしてしまって申し訳なかった。というか、うまく説明できてるかどうかは正直自信ないです。観た人にはわかってもらえると思うけど、観た人には必要ない説明だしなぁ。
 TRPG の話にもどります。
 せらむんネフライト編末期のネフライトはべらぼうにカッケェです。そいつは間違いありません。ゾイサイトはいいキャラクターですが、ストレートにカマっぽい(例外なく女言葉で喋ります)キャラクターであることは明らかで、キャラクターとしてキショさを持つことは否めません。
 さて、ですが。
 これらのキャラクターを TRPG で PC として演じるとしたら、だ。
 左からキショい順です。
 ネフライト>>>なる>ゾイサイト
 こうです。
 ネフライト、自分で演じるとしたらもう最悪です。NPC の娘っ子(なる)にマジ惚れしてマジ口説きモードに入っちゃったりしたら後から思い出して死にたくなるようなキショさを自分に感じずにはいられない、それは、プレイになることでしょう。
 逆に、なるに関しては、同じちょう純愛ラブラブマジ惚れ口説き口説かれモードのセリフをしゃべるハメになったとしても、自分が動かしてるキャラクターが女キャラで相手が男であるということで一歩引いたプレイがより容易となり、後から思い出して感じるキショさは笑い話にできる系統のものとなりましょう。
 ゾイサイトはこの恋愛軸とは外れたキャラクターですが、このキャラクターを動かしてクンツァイトという同性キャラクターに対するストレートな恋愛感情の表現を女言葉でやらかす事態に陥ったとしても、たぶん、「うわキショ! ゲラゲラゲラ!」とか云って終わるモノになることは明らかです。
 そして、認めたくないことですが、わたしはネフライトみたいなキャラクターに容易に感情移入し、物凄い勢いで NPC の娘っ子を口説きに走りがちな傾向を明らかに持ってるのです。
 こんな、こんな、こんなキショいことがあろうか!
 男が女キャラ動かして女言葉をしゃべるのがキショいとか云う気持ちがまったくわからないわけではありません。でもな。男が男キャラ動かして女キャラに本気ラブモード入ってる状態の男キャラにある程度以上感情移入してプレイすることのキショさに比べれば! 比べれば!
 誤差だ。
 そういう男キャラを自キャラにしてしまうと高確率でそういうプレイに走ってしまう傾向が、どうも、明らかにあるっぽい俺にとっては、人によってはキショいと感じるかもしれない女キャラをプレイするという行為のほうが、実は自分がキショくなりにくいスタイルだったんだよ! な、なんだってー!?
 ついでに云うなら、男のわたしは男キャラを動かして NPC 娘っ子にマジラブプレイをやるよりは、女キャラを動かして PC なり NPC なりの娘っ子を相手に「マリみて」プレイをやるほうがまだ(少なくとも自分に対しては)キショさを感じずにすむんじゃないか、とさえ思うのだよ。どう? というか、後者のキショさはその場で流せるキショさだが、前者のキショさはあとからクるというか。
 かつてプレイし、実際に印象に残っている自分の男 PC を、上に 2 キャラ挙げました。スタックというのは OTTO によるクラシック DnD のキャンペーンで使用したキャラクターですが、ゲーム中で登場した王女を口説いてプリンセスゲットだぜなヒロイックファンタジー主人公をやっちまいました。霧崎杳というのは学園を舞台にしたクトゥルフのキャンペーンで使用したキャラクターですが、NPC の娘っ子を口説いてセットになってしまいました。いずれも思い出すともう痒くてたまらんプレイでありましたとも! でもたぶん、また本気で男キャラをプレイしたら同じコトを繰り返してしまいそうです。というかやります。絶対やります。
 女性キャラで同様に印象に残っている PC の夜霧夕香は現在未完で宙吊りになっているナイトメアハンターのキャンペーンで使用したキャラクターでして、このキャラは敵秘密結社の幹部「幽鬼剣太郎」にラヴらしいというプレイをしておりますが、この自分のプレイにわたしはいかなるキショさも感じません。わたしはかなりこのキャラクターから距離を置いて、プレイヤーとキャラクターを峻別した上でプレイし、その上での自制をともなった感情移入をすることができているように思います。
 スタックは、先日来の「PC 枠」の概念を用いるなら、明らかに「1 枠」のキャラクターでした。そのようにある程度マスターが誘導した部分もあるんですが、わたしは、どうも、男キャラクターを担当すると自動的に自分の中で「1 枠」スイッチが入ってしまう傾向があるみたいです。
 で、「1 枠」ってのは当人としても周辺視点としても、やりようによって容易にキショいプレイになってしまうキャラクターなような気がするんだよな……。
 うわあ、やめてくれ、痒い! 痒いんだよ!
 で、女キャラに逃げる、と、そういう面があるのかもなぁ……。
 なんてことを、ちょっと自分を振り返ってみて思ったり。
 っても、たまにやるとこれ(1 枠男キャラ)がまたやたら盛り上がってその場は自分はクソ楽しかったりするんですけど!
 たまになら!

 なお、本気モードで娘っ子に入れあげてるトキの行動は、それがゲームではなくリアルであったとしても、それを振り返ることは耐え難い痒さを Provoke するということは云うまでもないと思いますが書いておこうと思います。ギャー。
2005/05/10 (Tue)
050509 * Top * 050519
■ Comment
 PC枠制があると、『ああ俺1枠だからこう動かなきゃ』という開き直りや『いや俺1枠だからこういう動きだったんだよ?』という言い訳=キショさの緩衝材を与えてくれるかもなぁ、と思った。
 まぁ、天羅を好きでやっていた時期は、平気で1枠プレイをやってたなぁ、と懐かしく。リレーのキャラみたいなのを、素でやってたなぁ(しみじみ)
 ああいうゲームは、ゲーム自体がそういうプレイをすることを目的としてるから気持ち的に楽だけどねー
2005/05/11(Wed) 00:18 * URL * 司 #4yuftn/A[編集]
 わし的にはそれを枠づけられることでむしろやりづらくなる気がするんだけど、そのへんは人によるんだろうなぁと。
 そゆー部分はゲームシステムやシナリオ側の要求をプレイヤーには直接提示せずに、マスターがゲームを進めつつ反応見ながら「よしこいつを枠 1 にしちまえ」というふうに振り分けてったり、プレイヤー間でのゲーム内での出会って情報交換してアレしてアレする経緯から「よし今回はオレが枠 1 か」ってなカンジで徐々に立ち位置が決まってくのが理想かニャーと思うわけなんだけど、どうもうちのメンツはどっちかつーと「お前やれよ」「いやお前こそ」な展開になりがち(サレゴブは明らかに 1 枠ぽい位置になってるのにひたすらルーウィンを強化しようと(他人を主役枠に踊りださせようと)必死になり、エルトリアは明らかに 1 枠を期待されてるのにストーリー的には前に出すぎまいと必死になり……要するに OTTO がアルテミを 1 枠に突っ込もうと日々奮闘してるってことか?)な気がしなくもなかったりして難しいのでございますよ。と、自分が今うまく転がせてると思えるプレイグループですらこういう感想になるわけで、鳥取の外の広い鳥取ではよりいろいろな状況があるのでございましょう。と、「世の中いろいろ」で逃げる方向性で。

 天羅というとわしがいきなり鎧に乗って世界を革命しようとしたアレだっけか?
 1 枠プレイを素で自分からやるプレイヤーというのは実はとても貴重(うちだとね)なので、その意気を見てみたいにゃーと思ったりも。
2005/05/12(Thu) 22:55 * URL * DRR #/7QgdNBM[編集]
・場によるかと
 『天羅をやる』というような、周りもそういう場になってるなら? まぁ、こういうのはその場のノリと勢いと流れだから、なんとも言えず。
2005/05/12(Thu) 23:42 * URL * 司 #4yuftn/A[編集]
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