深度 、急速潜行~
[日々のいとまに]090108 ~ガンダムオリジン 18 巻~
▼ガンダムオリジン 18 巻読了。
 ええとですね。エゥーゴ VS ティターンズに続いて連合 VS ザフトが登場したとき以来、ひそかに気になってたことがありました。
 このまま宇宙面はなくなってしまうのか? というのがそれでして。
 なくなったよねぇ。
 地面ありの宇宙ステージはもちろん存続してるわけですが、Z でハンブラビ地獄とかをもたらした無重量ステージは消滅。あー。
 これの後半あたりでも書いたわけですが。
 その後、ないよねぇ、アクションで宇宙面をきっちりやってるガンダムゲー。ってまぁ、連ジのシリーズしかちゃんと遊んでないのですが、今ちょろりと戦場の絆について調べたところ、やっぱりない模様。無双については知らんのですが、とりあえず保留。
 かつて、アクションなガンダムゲーの宇宙面というものに衝撃を受けたことがありました。
 ずっと昔の話です。ブツは「ガチャポン戦士2カプセル戦記」
 あれの宇宙戦はスゴかった。
 慣性の表現がキツいんですよ。
 まず機体を左方向に操作するとですね。機体は左を向きます。で左へと突進します。この状態で敵が右にいるとしましょう。ここで一回右を入力します。するとどうなるか。機体は左への移動を維持したまま、右を向き、右方向へ攻撃が可能になるのです。角度は別でも構いません。下に向ければ、左に移動しつつ下への攻撃が可能。
 これがこういう表現の最初だったかどうかなんてコトは知りませんし、これが好きだったかと云われれば、正直、好きじゃなかった。というか、苦手だった、というべきかな。でも、ありゃ参った。以来、ガンダムゲーの宇宙戦表現はあれを基準に考えるようになってしまいました。
 きちんと、意図をもって操作しない場合、えんえんと、それまでの慣性を維持して機体が流れ続けるという表現が(本当にそうである必要はないです。本当にそうだったらゲーム遊ぶのに本気で宇宙飛行士の訓練が必要になっちまうべさ。あくまで表現ね)なされているかどうか。
 見たことないです。ま、数こなしているわけではないので、実際のところどうかは知りません。すまん。
 無双を保留したのはここで、無双に宇宙面があるとして、このバカ慣性感も備えてるってコト、ありうる? どうなんでしょ?
 連ジのシリーズがちゃんとやってたかっつーと……やってたようには思いません。やってたんだとしたら(にもかかわらず、やってたようには思えなかったんだとしたら)、それは受け取るこっちの感性の限界であり、また、その限界が多くの人に共有されているのだとしたら、宇宙面をオミットする方向性になったことは理解できます。
 ついでに、オマケにヘンなコト書いとくと、このへん考えると、ガンダムのアニメーション描写の怪しさとしてよく云われる、「全開前進の角度にバーナー吹かしながらもすぬごい勢いで後退してく」みたいな描写、全然普通(後退が減速してるはずだけど、それが目に見えるほどであるかどうかなんて視聴者に見えなくても不思議はない)だよなぁ、とかそんなコトを思ってみたり。ま、AMBAC 動作がきちんと描写されているわけでもないので、結局ウソっちゃウソなんだけどさー。
 さて、ガンダムオリジンだ。
 コロニー内とはいえ、ま、重力下の戦闘っつー描写ですな。
 宇宙では、ほっときゃ際限なく流れる、ということは、もすぬごい勢いで接近したモビルスーツ 2 機は、一瞬近接交戦した後は、同様にもすぬごい勢いで離れていくはずです。急激に機体の角度を変えることは可能としても、急激に機体の流れる流れ方を変えることは不可能なわけであり、長距離からの撃ち合い→中・近距離で撃ち合いつつ、ライフルを装備解除してサーベル準備→ぶつかりざま(って、正面からぶつかったらその衝撃で双方終了しそうですが)、あるいはすれちがいざまに近接戦闘→AMBAC で振り返って再度射撃戦に突入しつつ、次の進路へ切り替える、みたいな戦闘の流れが想像されます。
 ってことは、ニュータイプ感覚が与える戦闘における優位性って、ファンネルやサイコフレームといったブツを使わない限りにおいては、このあたりの慣性計算みたいなのをより直感的にこなしてしまう能力の高さだったりするんじゃねぇの? とか、そういうことを勝手に思ってたりしたわけです。たぶんすげぇ間違い。てか、上の方の宇宙での姿勢制御その他に関する発言もたぶんウソだらけな気がしますが、まぁ、あくまで「オリジンの感想」なのでカンベンしてくれるとありがたい。いや、より正しい知識がおありでしたらお教えいただければ幸いですが。
 で、ここまで、キルマシーンとしての覚醒がかなりのところまできているアムロが、今回やたらとガンダムの反応の悪さに苦しんでるのって、このあたりなのかなぁ、と。
 いや、なんか、ちゃんとはつながってないんだけど。
 地上戦だと、戦闘距離ものすごく狭くなりますわな。
 宇宙じゃ、上述のように、両機が(遠距離から接近して一瞬殴り合ってまた離れる、ならともかく)ひたすら近距離で切り結ぶ、みたいな戦闘が想像しにくいのが、地上戦では、容易に発生しそうだと感じられる、と*。
 宇宙では、どうせ鋭敏には反応しない機体を、優れた予測感性を活用して早手回しに振り回すことで、ガンダムの反応速度に不満を感じなかったところが、地上戦では戦闘距離も短く、予測感性の鋭さだけで優位に立てないくらいに機体も鋭敏に動いてしまうことから、限界を「感じる」ことに至ってしまったのでは……みたいなー。なんせ、今巻のゲルググ戦でも、撃ち合ってる段階では反応のニブさに関する言及はなく、まさに「(宇宙戦に比べれば)超近距離での斬り合い」に突入してからはじめて、それについての描写になったわけで。
 なんかすげぇトンチンカンなコト云ってる気がするんですが、ま、読んだときに、(考えたのではなく)感じたコトっつーことでカンベンな!
 っつーかまぁ、上述みたいにウダウダこねまわさなくても、普通に見ても、シャアの優位性は単に技量が(と、もしかしたら性能も)上回ってるだけで、ニュータイプがどうこうという話にはならんような感じではありましたが。
 しかしまぁ、なんとも熱い戦いでありました。ここまで熱い決闘って、アニメーションのガンダムではそうそう思いつかんぞ。ランバ・ラルとの決戦、あるいはノリス戦あたりかな。って、どっちもグフか。
 でも、アムロの成長が急すぎることと、原作アニメーション等のイメージが強烈なため、「まさかここでシャア優位とは!」というのが意外に思えるわけですが、実際に、このふたりが対決したオリジンにおける直前の例って、オデッサ前夜あたりで、シャアがザクでガンダムと戦ったトキだったりするよねぇ? あのとき、シャアはザクで対等以上(ってのはまぁオレ主観ですが)なわけであり、アムロも成長しているとはいえ、ゲルググなら、オリジンのパワーバランスなら、順当って云っちまっていいんじゃねぇの? という感じもしてきたり。原作ではアムロとシャアの立ち位置が逆転したターニングポイントという印象だったジャブロー戦は、オリジンではアムロは機体に大きなハンデを抱えてたのでノーコンテストですし。
 ……以上、ガンダム VS シャゲルについてでしたー。つーかすげぇ偏った感想だなこれ。
 以下は軽く。
・年配でもニュータイプになれるぞ! ということで老人たちの希望の星だった「ブルブルブル~♪」ことシャリア・ブル先生は若返ってしまいました。ギャー。ブルツーとか出ない……よな……。まぁ、これはこれで熱いんですが、こういうキャラなら、ギレンとの対峙とかを回想でやるより、時系列に描いてあげたほうがより熱かったかもナーとちょっと思ったり。ちょっと空回り感。ただまぁ、上述のような「宇宙とは交戦距離とか違うぜ!」的なコトを考えちゃった理由のひとつは、敢えてブラウブロが閉鎖空間に出てこなければならなかったのは何故だろう、と思ったからでもあります。オールレンジと云い張ってみても、宇宙戦の交戦距離では、有線では限界あるから、むしろ交戦距離短くして描写したかったのか? とかふと思った。たぶん勘違いですが。ジオング? あれは有線とはいえケーブルがたぶんブラウブロよりずっと細いから長く伸びてもなんとなくこう絵的な説得力が! きっと!
・セイラさんがガンタンクに乗ってに懐かしさを覚える描写はスゲェ。しびれる。
・セイラとシャアの再会は素晴らしい仕上がり。シャア大演説も素晴らしい。あの長丁場の過去話は、正直やりすぎじゃないかと思ってたりもしたわけですが、あれでよかったのだな、と(ガンタンクの件と併せて)ここへきて納得。
・で、そのセイラに対するブライトの取り計らいは原作もそうでしたし、オリジンでもまぁ、素敵なんですが、オリジンではカイとスレッガーも近くにいるというのはなかなか素敵。カイだぞ? あのカイが、なんかスゲェ勢いで敵勢力の中枢の関係者っぽいセイラさんについて、ちゃんとヒネクレない報告を入れてたってことでしょこれ。素敵だ。サイド 7 脱出時だったら? アムロ脱走時だったら? ミハル以前だったら? 遠まわしな、ホワイトベースの結束というか一体感はここまできてますよー的な表現なのかなぁとか思ってみじみ感無量ってみたり。まぁ、これはちょっと勝手に突っ走った感想だと思いますが。しかし、ブライトもセイラももういないんだよな……とかふと思ってしまったりも……。
・前後しますが、一点だけ描写に気になったことが。ゲルググのツーブレイデッドソード、あれ、実剣じゃないんだよね? 柄のド真ん中で真っ二つに切れて、刃部の形成能力に何の影響もないモンなんじゃろか? そこだけちょっと不思議でした。
 以上ッ!

* 全然関係ない話なんですが、DnD の地上戦と、飛行機動性に限界のある飛行クリーチャーによる空中戦の表現は、このあたりの感覚の差がなんとなくしみじみ感じられるところです。とはいえ、大気中、重力下といえども飛行者にとっては大きな影響を与える慣性影響についての描写はまだヌルめであるといえましょう。昔持ってたエルガイムのボードゲームがこのへんスゴくてな。舞台は宇宙。全ユニットの慣性を計算して移動しなきゃならんという恐ろしいブツでした。ボードですから表現は 2D (といいつつ、三次元処理も可能だったような気も? このへん覚えてません。実際には 2 次元ボード上で簡易に遊んでました)なんですが、慣性感は真空。で、射撃時も格闘時も、命中率に「相対速度」が影響すんの。ボードゲームですから、もちろん手計算。とんでもねぇ。面倒すぎです。このゲームで格闘戦を成立させるのは、実感として極めて困難でした。つーか一発殴るだけでも大変。お互いが殴ろうと思って動いてすら大変。ターン制のボードゲームですらごらんの有様なんだから、これをリアルタイムに判断(しかも、後代の全天視界モニターならばまだしも、一年戦争時代はひどい視界だった**ぜ?)して敏速に動けるだけでも、やっぱりニュータイプなんじゃないかと思った次第。

** で、何故「戦場の絆」は一年戦争なのにあの表現形態(ドーム型ディスプレイ)なんだ? とずっと疑問だったり。それとは別件ですが、たとえば連ジ系のつくりでも、旧世代機は視界の悪さを考慮してレーダー***表示が機体前面方向の一定角度のみに限られる、とか、追加コスト乗せてニュータイプが乗ればこの制限が撤廃される、とかそういう描写もアリでは……って、ないな、やっぱり。ゲーセンであんま煩雑にしてもしょうがねぇだろうし。ギャプランは真下をロックできない、とか、真下からの警報が鳴らない、とかそういう描写ぐらいはあったんだっけ?

*** ミノフスキー粒子散布下で原義のレーダーがまともに使えるわきゃねぇので、あれは実際には「ゲーセンの筐体ではそのままでは表現できない、周囲の有視界情報を表現したもの」だと考えるべきだと思うわけですが、間違ってる? とかナー。どんなゲームやっても「空中戦」と「視界」はオレにとっちゃ必ずひっかかる場所だってコトを今さらながら再認識。
2009/01/08 (Thu)
■ Comment
・コメントを投稿する
URL
Comment
Pass
 
■ Trackback
この記事のトラックバックURL
・この記事へのトラックバック
* Top *