深度 、急速潜行~
[Life as a Half Drow]Yes "Our" Story, No "My" Story
▼わたしは小説を書く種類のパーソナリティです。で、TRPG をやってます。
 そういう見地から申し上げますと、TRPG は「誰でもできる物語」でも、「私にしかできない物語」でもありません。「私にしかできない物語」? それってつまり「私に(なら)できる物語」でしょ? それなら小説書くよ。「私「だけ」ではできない、私「たち」でなければできない物語」だから TRPG でなければならないんです。
 ってなコトを、井上仮さま経由でこちらを見てて思った次第。たぶん議論の本筋からはズレてます。
 わたしは、自分のシナリオでは、「「私だけ」で作った物語」を用意します。たぶん、それは「誰でもできる物語」の域だと思います。その物語は、そのままだと(たとえば PC みたいな)その世界の登場人物にはとても不幸な事態に突き進む物語です。それをハッピーエンドか、少なくとも不幸でない方向へ持ってくのはプレイヤーとプレイヤーキャラクターの役目です。そして、そのための正解を、たいていの場合、わたしは用意してません。粗い想定ぐらいはしてあることもありますが、けっこうな頻度で、どうやって突破するのか、シナリオ作ってる段階ではその方法が思いつかないような障害を設定してたりします。ひでぇな。でもだいたい突破しちゃうんだよね、うちのプレイグループの連中。突破できないならできないで迂回の方法を考え出したり、突破せずにすませる方法(たとえばラインハルトの「神々の黄昏」作戦的な)を考え出したりで。
 それが「どんな表現手段でもできる物語」ではない、「TRPG にしかできない物語」なんだと思って日々やってます。
 ま、「にしかできない」は云いすぎなんだろうけどね。
 このテで作るシナリオは、遊んでるあいだじゅう「常に「想定を崩される」ことを想定してる」ようなモノであり、まぁ、あんまし自慢つーかヒトサマに開陳して誰かの役に立つようなモンじゃないのかもしれませんな。
 こんな遊び方ばっかしてると、ときどき見かける気がする「マスターの誘導にはちゃんと乗りましょう」的な(「的な」、だよー、あくまで)言葉には「おおー」とのけぞっちゃいます。おいおい、わたしが誘導する方向に真っ直ぐ進んだら破滅するぜ? DnD の場合はまぁせいぜい敵の罠で苦労するぐらいで、工夫すりゃ突破できる程度のことが多いですが、クトゥルフの場合とかやばいよ? まぁ、「最初の一歩」は乗ってくれないとセッションできなくなっちゃうんですが、その先は注意深く、ってとこで。
2008/11/10 (Mon)
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