深度 、急速潜行~
▼グインサーガ 123 巻読了。
 以下ネタバレのため水面下。
 こっから水面下。
「アレクサンドロスに可能だったことが、おれには不可能だと思うか? 一緒に来い、カメロン。俺たちで世界を手に入れるんだ」
 すげえぇぇぇぇぇぇ!
 イシュトヴァーン! イシュトヴァーン! なんだこれ! 何も変わってないのに、決定的に変わってるってナニゴトですか!
 うーわー、ほぼ 200 枚にわたりひとりで喋り続けて全然冗長さを感じないこの熱さ。ナリスに似てるとかありえんから! ナリスが 50 枚喋ったら「死ね」としか思えんけど、イシュトヴァーンなら 200 枚でもオッケーですよ! まぁ、ふだんそこまで喋ってないからってのはでかいけどな。
 つーか、前半 200 枚との対比がすげぇですな。グインのほうの成り上がり方は、もうなんつーかその第一歩からしてあまりにもなにもかもデキスギというか、どいつもこいつも善すぎてキモチワルイぐらいで、そこにナイスアクセントとして存在してたはずの我らがツンデレヤンデレヒロインまで退場とあってはもうその完全無欠な善パワーが不気味すぎてギャースってなブツになりつつあるわけですが、イシュトヴァーンはもういちいち云うコトがシャープすぎてたまりませんよ。ってか、これまでは、その衝動の熱さはまぁ理解するとしても、共感するにはあまりにも手段がありえなすぎたというか、不必要な苛烈さが目立ちすぎてゲンナリだったのですが、「こっからはきちんと手順踏むぜ! 他人が作った手順なんざクソクラエだが、だからって全部一気にぶった斬ったんじゃ片付かねぇってことは理解した。だから俺は俺の手順を踏むぜ!」とそこんとこが加わっただけで、なんじゃこの熱さ。
 いやー、そりゃカメロンもグラグラするね! つーか、ここまで年上すぎなければまさにキルヒアイスばりに一発で乗っちゃうとこなんじゃまいか。
 あとは、「リンダは俺さまじきじきにちょちょいとつついてやればイチコロよ」ってな部分がヤバげなので、そこをなんとか組み直せばけっこうこれマジで主役張れる野望じゃぜ?
 ま、ケイロニアをやっつけろ、ってとこまで行く必要はないとは、見下ろす視点からは思いますが、ほかはやっちゃっていんじゃね? てか、ケイロニアもとりあえずグイン体制でかなり化けそうなのでな(というのは、結局血統的正当性みたいなものがない新興国と呼ぶことも可能なぐらいのものになりつつあるケイロニアは、イシュトヴァーンがスカベンジするべき古い澱ではないといってもよいと思われるので)
 パロは……あーまぁ、なんつーか、あのままじゃあかんだろ、という意味では今いちばんダメっぽい気もします。つーか、イシュトヴァーンとリンダとマリウス(と故ナリス)のトップの確執さえなければ、イシュトヴァーンの思うように転ぶのが実は両方にとって最善ってことすらあるんじゃまいかという気すらしてくるのが。ぬぬぬ。あとレムス君のこともたまには思い出してあげてください。
リンダ「条件を聞こうか」
イシュト「ゴーラ・パロ二重帝国」
リンダ「パロの王位継承権と国土と文化、その持参金の見帰りはなんだ」
イシュト「当面の生命、反乱の自由、不倫の自由、あらゆる可能性……」
 とか双方そんくらい……云わんだろうな。
 ……後半が熱すぎたのでちょっと印象が薄れちまいましたが序盤についてもちょっと感想を。
 グインが結果的にシルヴィアと訣別せざるを得んのは仕方がないと思います。つーか、あれはシルヴィアがどうこうではなく、ある意味グインの弱さから出てることと云えば云えることであり、そういう弱さを責めてもどうしょもないと思うのよ。
 でも、シルヴィアの弱さに対する責めっぷりはひどすぎる。いや、栗本薫には重々わかってるはずのこと(前巻でロベルトにちょっとほのめかし気味に語らせてましたな)ですから、あれはアキレウスの「一面における完璧さが、別の一面における完璧な罪深さを不可避的に伴う」ことの描写なのでしょう。
 一点だけ。
 あのね、「ひでぇ云われようなんだから、せめてその中で少しなりとも見直されるべく努力すべきだったのでは」って、考え得るかぎり最もむごく非人道的な要求だと思うよ。はじめからすべてを否定しようという目で見られる中でする努力は、それがどこまで完璧であっても否定的な評価にしかつながりません。これ、オレは人間集団における真理だと思う。評価者が「集団」じゃなくて「ひとり」でその評価が絶対的な力を持つならあるいは例外がないとは云い切れない(が可能性は極めて薄い。その位置にいるのがアキレウスならまず 500% 不可能。かれこそが最もすべてを否定的にしか評価できない目を持ってるから。オクタヴィアなら少しはマシかも?)でしょうが。
 これを、たとえば「文字通りの実力で」覆す方向に進んで乗り越えることのできるキャラクターも存在し得るだろうし、たとえば、アキレウスやオクタヴィアならばそうすることも無意識に視野に入れてるだろうし、形はかなり違いますが、実際に剣だけで切り取って、それをすませてから、違う形で価値を表現しようとしているイシュトヴァーンというキャラクターが存在する。あるいは、マリウスのように「全然違う存在価値」を求めて横に枝と根を伸ばしてゆくやり方もありえた。でも、そこにすでにある評価軸の中で、いったん定まったネガティブ評価を、その内側での努力で覆すってのは、「不可能です」よ。で、上述のような「実力でひっくり返すぞコラ!」をやらかす本物の剣力も、ほかの方角に目指すべき何かを見出すことも、できなかった(ってかつまり、「ルールを変える」しかないということに気づけなかった、あるいは気がついていても実行のしかたを思いつけなかった)のがシルヴィアの不幸で、せめてこれでグイン(というか夫となる者)があの完璧超人さに見合う、あるいは少なくともひどく見劣りはしない、そっち方面の才能も持ってれば夫の庇護の中でやってけたかもしれんし、逆に夫がいろんな面でもっと凡人だったら、凡人同士でうまいこと支え合って行けたかもしれん。でも、グインはああだった。それは不幸ですが、それゆえにグインを責めるのはまぁ筋違いでしょうな。グインの弱さもまた、どうしようもないものだったわけで。
 じゃあアキレウスの弱さはどうなのか、というと、これはなんとも悩ましいところで、「親である」ってのはやっぱりけっこう云い逃れできないところでしょうし。まぁでも、やっぱり、どうしようもなかったかもなぁ。ひとり娘(という当初の認識)でさえなければ、もっと自由にマリウスみたいに明後日の方向に羽を伸ばしたりしつつも、本当にどうしようもないところまで袋小路に深入りする前にそこそこの放蕩皇女に落ち着いてなんとかなってたり、あるいはそのまま皇家を追ん出されてもニーナのヨアヒム的ななんかをつかまえて、なんとか軟着陸というか、高度が下がり続ける低空飛行でも、なんとかそれなりなところに向けて、死ぬまでは生きていられたんじゃないかっつー気もしなくもないんですが、ぬぬぬぬ。夫が必ずやグインみたいな超人でなきゃならんってことにもなりにくかったかもしれんし。つーかグインがヨアヒム君ぐらいのヘタレだったら(シルヴィアにとっては)よかったんかねぇというか、足りなかったのはルカ姉だったのか、とか、なんかだんだん話が遠くに突っ走ってしまいますが。
 ま、「さよなら。運がなかったね」ってことで。
 「もうちょっとなんとかできたはずだ」なんて、そんな酷なことは、オレなら云えんぜ。
2008/10/27 (Mon)
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