深度 、急速潜行~
▼「エコール・デュ・シエル」十一巻読了。
 いやもう。イヤな話だな、相変わらず。イヤな話だからといって、イヤな作品ってわけでは、もちろん、決して、ないわけですが。
 まぁ、表紙の娘っ子やらのきらびやかめの印象からは絶望的に遠い中身であり、当初、あの表紙のテイストが気に入らなくて手を出せずにいたのがもったいなかったなぁとしみじみ思える邪悪なブツで、しかも巻を追うごとに事態は悪化しており、いろいろともうダメ。伊達に、あの絶望的に出口ナシな Z のサイドストーリーやってるわけじゃねぇわな。
 なんつーかもう、サクヤはサクヤで突っ張って、まぁいろいろと、望んだわけでもないのに背負わされたモンをきっちり投げ返して個人としてはスジ通して散り、ヤハギもヤハギで反則みたいな高スペックをフル稼働してなんとかしようと頑張ってるのに、結局エリシアは何も救われてない、どころかいよいよ蟻地獄というこの出口ナシ感どうよ。このままだと走馬灯でちょっと救われて退場、とかそのあたりがせいぜい、ってのがもうありありと見えるんですが。
 ヤハギというキャラのしょんぼりさもこの作品の魅力で、肉体的な能力(シャアが云うところの「体を使う技はニュータイプといえども訓練をしなければ」的な意味でのね)も、パイロットとしての能力も、実績も一流で、ツラも文句ナシで、ついでに限定的ながらニュータイプ能力まで搭載したチートスペックでありながら、結局ほとんど何もできてねぇというこの無力っぷり。教官ひとりの働きで、教え子が助けられたり戦争が勝てるなどというほど甘いものではないんだぞ。まったく。
 んーまぁヌルく作れば、ヤハギが死んで引き換えにエリシアとアスナが救われるとかいう方向性も可能かもですが、まぁ、この話のノリだとそれは薄そうだよなぁ。
 この話が怖くてイヤなのは、こうした外道っぷりを存分に発揮している母体が連邦、つまり「正々堂々な土俵でやっても圧倒的に有利な側」な点だというのも大きな要素で、たとえばジオンや(不利になってきてからの)ナチスや日本みたいな、少数精鋭で少々ムチャして裏技仕込むでもしなきゃとてもやってけなさそうな立場の陣営が、強化人間だのニュータイプ部隊だの人間タンク(「二十面相の娘」で登場した、敗戦直前の日本軍が研究していた改造人間)だのといったイヤなモンを作ってしまうのは、まぁ、わかる、って云うのもアレですが、まだ、わかるんですよ。でも、一年戦争後グリプス戦役までの間の連邦側って、そりゃまぁそれはそれでズタズタとはいうものの、ジオン残党の蜂起ぐらいは正面から戦争して押しつぶせる程度には圧倒的な優位にあるのに、よくまぁ裏でこうもムチャするよなぁ、という怖さとイヤさが。それはつまり現実ってそうだよな、という実感からつながるわけですが。米帝とかな。
 ああ、しみじみイヤな話だよな。
 しかし、後半でちょっと不思議だったのが、アスナの「ビーム撃ち」で、えーと要するに「銃弾撃ち」(フィクションの超人銃使いがときどきやる、銃弾で銃弾を迎撃する技。オレ的には代表的な使い手はルーン・バロット)のビーム砲バージョンなわけですが、これ、可能なのか? まぁ人類がいまだビーム兵器を実現していない以上、現実に可能かどうかを論ずるのは無意味なんですが、設定的にそういう設定のブツだっけか、ガンダム世界のビーム砲って。たとえば、エヴァの初号機 VS ラミエル(劇場版は知らんよー。放映版の話ね)では、正面から交差した粒子ビーム砲が干渉しあってアサッテの方向に突き刺さり、結果的に迎撃に成功、という描写があり、あれはあれで絵的に納得のいく描写だったんですが、あれにしても、銃弾撃ちにしても、ようするに「被害をそらす」効果であって、「被害を消滅させる」効果じゃないんだよね。となると、自分あるいは自分が守る母艦に命中するはずだったビームをビームで迎撃することにより迎撃し、自機と母艦を守ることは可能としても、守るべき対象が全周を囲むコロニーそのもの、となっている今回、あの「ビーム撃ち」には意味がないような……? だってどの方向にそらしたって、結局あれだとコロニーのどこかに被害が及んでしまうって思わん?
2008/06/30 (Mon)
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