深度 、急速潜行~
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▼しおんの王、7 巻読了。
 オレは将棋そのものは全然深いわけじゃない(つーか文字通り「ルールは知ってる」程度)です。で、これは盤上が描かれることが少なく、心理戦的な部分に焦点が合ってるので入りやすいシリーズであるな、と、いつも思うわけですが、しかし、こうしてみると、将棋ってのも案外心理戦とかができるツールだったのだなぁ、と、なんか今さらながらに思ってみたり。
 そこに行くまでがかっちりしすぎてて、オレのような根性なしには踏破できなかった、というか踏破しようという気にすらならないうちに撤退してしまったわけですが。
 しかし、盤上のゲームのレイヤーと、プレイヤーのレイヤーを並行して描くマンガのジャンルとしては麻雀マンガという定番があるわけですが、麻雀マンガに比べて有意に盤上の描写が少ないですな。ま、麻雀マンガなんて麻雀まったくやらない人は読まないから、画面上に牌ばっか並んでてもべつに誰も逃げやしねぇ、という要素もあるでしょうが、それよりも、やはり将棋者という人々は画面上に描写されてなくても棋譜(「▲7六歩*」みたいな?)が台詞に散りばめられているだけで脳内に盤上が描き出されてしまうので、絵がなくても困らん人々なんだろうなぁ、とかそんなふうに想像してしまうのでありました。間口狭いよねぇ、やっぱり。その程度までは到達できた人だけが長く続けられる趣味、なんだろうなぁ。麻雀だって、そりゃ気合入ってるトキなら河とか手出しとかツモ切りとか見てれば他人の手の内相当まで見えてくるわけですが、そこまでせんでも麻雀マンガは読めるし、たぶん描けるのでありましょう。つーか、麻雀マンガ読むのにそこまで張り詰めて見とらんしな。
 ん? 麻雀と比べるなって? すまん、オレがそこそこまともに深入りしてるテーブルゲーム(TRPG はちょっと違うよね、この文脈だと)って麻雀だけなんでな。あとはまぁ、カードのトリックテイキングゲームぐらいだと必要に応じて枚数把握ぐらいはしますが、どっちかっつーとそこまで本気になることも少ないわなぁ。
 いや、まぁ、いちばん違和感というか、「勝負ツールそのものについては深くはわからんけど、勝負もののマンガとして」没入しているときに引き戻される感覚があるのは、「指す」という言葉だったりするよなぁ、と、それが云いたかっただけなんですけど。オレの普通の言語感覚だと「打つ」場面が全部「指す」なのが異世界感があってイイ按配であります。
 ……なんかどうでもいい自分語りが長くなっちまいましたが、盤の外の話の盛り上がりも素敵な具合になってきて、個人的には気に入ってたにーちゃんとねーちゃんがほとんど蚊帳の外なのが残念ながらも、大詰め感バリバリでこちらも上々。ねじれ担当者だった弟君もいっきにねじれが解消(ってまぁ、こうなってみると最初っからべつにねじれてたわけじゃないですな。他の連中が「将棋」や「将棋の強さ」を「目的」にしているのに対し、かれのみが「手段」としてした(「手段」と吹聴していた歩も、その魅力に参って「目的」に引きずり込まれていった)、という点ではブレはなかった、ということでありましょう。その点で周囲と見てるモノが違ったのでストレンジャー感が際立ってた、と)され、かわりに兄貴のほうが、ねじれてこそいないものの、通った筋がどうも相当困ったところにつながってるんじゃないかという方へ煽られてきて、えーと、どうなるんじゃこれ。つーか、この時点でここまで大詰めだと、「すでに出てる登場人物の中に犯人がいる」ことはもはやかなり確定なのかなぁ? おいおいおいおい。
 とりあえず軽く予測というかアテズッポウを入れておいてみます。「犯人はとくに存在しない。両親はお互いに何らかの事情で殺しあってしまい、後から訪れた将棋者が現場の状況を偽装し、主役に将棋を教えた」……いやまぁ、さすがにこれは大穴狙いすぎか? てか、今巻で登場した(と思うんだけど、将棋者な読者だととっくに以前から気づいてたりするのか? 既刊を読み返してないので、その写真が過去に画面に出てたかどうかはわからん)「駒箱問題」はこれでは解決しないんですが……。ただ、「殺人の犯人と、主役と盤を挟んで対峙した人物は別人」の可能性はけっこうあるんじゃないかなぁと。

* オレが唯一、瞬時に脳内に盤上に描き出せる棋譜。なんという初心者。つーかそのレベルで投げました。ゲラゲラ。しかし、どうなんだろ。将棋人口って実際どのくらいいるんですかね。どうも想像がつかないなぁ。いや、統計値は調べりゃどっかにあるんでしょうけどね。どのくらいの人が将棋とかに手を出して、どのくらいのところまで、どのていどの比率が、投げ出したりせずに続けたりしてるんだろうなぁ。オレのようにものすごい入口で投げた人もいれば、ものすごい入口から一歩も進まずとも趣味として楽しんでる人だっているだろうし、オレよりよほど進んだ場所でやっぱり投げた人もいれば、そのレベルでそのレベルに合う人と趣味として楽しんでる人だっているだろうし。どの時点であれ、限界に達したときに投げてしまうのであればその心理は理解しやすいですが、限界まできたときに、投げずに趣味としてやってゆくことが楽しいと思える人はどのくらいいるんだろう。どの程度が限界だった場合に、どの程度が投げ、どの程度が投げずにいるような世界なんだろう。いや、単なる興味ですけどね。

▼「ぼくらの」八巻読了。
 何度か、思わず一巻を読み返しちまいましたよ。初戦直前のウシロのセリフとか読み返すとコエー。スゲー。
 アンコ編は、創作の物語としてはむしろ王道なぐらいまっすぐないいストーリーでしたが、それがすげぇ例外に見えてしまうところがこの作者の味でしょうか。カンジの遺言も気になる。そっちはまだ読み返しての確認まではしておらず。
 あ、アニメのほうはまったくノータッチなので、そっちの情報は持っとらんです。
 ラミエル戦は正直笑った。笑う話じゃないんだけどねー。
2008/02/09 (Sat)
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