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   深度 、急速潜行~
▼最後。「倫理研第1回:議事録」なるものを読了。下記。「2ちゃんねるの終焉」で引用されてたモノです。
 面白かった。
 てゆか、右が左に左が右にねじれてアレコレという議論はちゃんとなされてました。歌田氏が単純に「ネットはもっと左であるはずなのになんで発言が右なんだ」と息巻いてたのはもっと以前の話ですので、今回リンクした歌田氏の記事が書かれた段階での氏の思想はすでにその次元を脱却できてたってことでしょうか。そのより以前の文章も念頭に置いて「伝統的左の連中は今や自分が右と看做されてることがわかっとらん」と書いたのは、歌田氏に関する限りはオレのミスなようですな。まぁでも、左の連中全般に対して申し上げたいコトはそんなに変わってないので消したりはしないでおきます。
 右やら左やらについてもう一言だけ申し上げておくならば、歌田氏は、左寄りの書き手としてはほとんど例外的に「北朝鮮への対応などで見当違いのことを言ってきた」ことを認めて明記してらっしゃるわけで、それは偉大だと思う。それとも例外ではないんでしょうか。オレの情報収集網はそんなには広くないんだよなぁ、たぶん……。
 で、右や左とは無関係に 2 ちゃんねるに代表される匿名性に関して、一点、気になったところがあったので。
 今日さんざん書いてきたように、右がウソつきであることは左によってさんざん指摘され、左がウソつきであったことも露呈しつつある現状を踏まえてだ。
 匿名性は、「発言者の名前(あるいは権威)に発言内容の正当性を保証してもらうこと」に対する反発として「も」支持されているのではないだろうか。
 匿名発言のみによる応酬においては、発言それ自体のパワーのみが意味を持つ。発言「者」という名前のパワーに頼った言論は、そこでは通用しない。
 「この発言には反応する価値がある」と思わせるのは純粋な発言のパワーのみだ。もちろん、書き手の技量や経験その他もろもろは発言に反映されてゆくとになるが、書き手の「名前」には意味がなくなる。
 それこそが、名前を持たない人々に歓迎され、名前を持つ人々により忌避された理由なのではないか。あるいは、少なくともその無視されるべからざる一要素なのではないか。
 まぁ、そんなかんじで。
 ちょっと参考

▼下に書いた週アスの話ではじまる右と左の話はちと勢いに任せすぎました。反省。リンク先は極めて興味深いので要チェキで。
 軽くまとめなおします。
 もともと、署名で発言するといろいろリスクを招きかねないようなヤバめの発言をするのは左の役割であり、それに対し圧力をかけたり弾圧したり検閲したりするのが右の役割でした。左の人々は今だにその図式が実在してるかのごとくに錯覚しているようですが、実際のパンピー層、とくにネットパンピー層は、今や左の人々こそが圧力集団であると感じています。匿名を隠れ蓑にして既成の価値観に対する批判を叫ぶのは本来は左の権利であったはずなのに、実際にはそうした言動の舞台となっている 2 Ch などでは逆に右の言説が優位に立っていることに対し左の側の人々は右傾化とそれを称し危惧するわけですが、実際には、そこで行われているのはやっぱり規制の価値観に対する反対方向の意見の表明です。「左翼が体制派であって右翼はリベラルにな」ってるんです。それは五十有余年にわたり左の人々が口を酸っぱくして右を叩き叩き叩き叩き叩き尽くしてきた成果ですが、それだけの成果が実際に上がった結果、今や自分達こそが「圧力集団言論弾圧集団」と看做されつつあるということに左の人々が気づかないのはかなりマズい状態だと思います。
 匿名の場所で声高に叫ばれるのは、既存の価値観への挑戦です。2 Ch 有志がボランティアとかでやたら役に立ってしまったりすることがあるのは、ちゃんとした組織力その他のバックボーンを持った既存の本来それをやるべき集団がそれをできていないことに対する指摘であり挑戦であるという側面があるとオレは考えます。
 今や、あんたがたこそが右側にいるんです。少なくとも、ネット言論界ではそう見られつつあるんです。
 それに気づかず、「お前らそんなに右へ右へ行くなヤベェだろ!」と、あんたがたが右側から声をかけることは、当然の結果として、現在右側にいるあんたがたの衰退を促進する発言です。
 気づけ。
 お前は審判に要求して、チャンピオンだった「右」の身体検査をやらせて隠し持ってた凶器を取り上げ、自分は審判の目を盗んで凶器を使ってチャンピオンを倒したかつての挑戦者であり、汚れた現チャンピオンだ。
 お前の王座が汚れていることは誰もが知っている。いつまでも挑戦者気分で、もとチャンピオンが凶器を隠し持ってたコトを罵倒し続けてても、もうお前の支持者が増えることはないぞ。

▼本屋でちとマンガを衝動買いしてみまして。
 EMERGING ってぇタイトルなんですが。
 爆笑。たまらん。
 国立伝染病研究所村川分室って!
 あまりにママイキすぎる組織名(実在するのは国立感染症研究所の村山分室。通称感染研村山)のリアリティと話の展開の微妙さがもうなんとも。
 ていうか、切り札が見つかると速攻で全部解決するってのは、このテのアウトブレイクモノに共通する悪弊だよなぁ。もちろん、描写としてはその後をえんえんと描いてもつまんないかとは思いますが、たとえばその時点ですでに末期だった患者が何人かは助からなかったりとか、その程度の描写はしてくれんかねぇと思ったり。てゆか、「どこに針刺しても血管が破れちまって点滴ができねぇ」患者にどうやって血清突っ込むんだ?
 ツッコミ所満載(読んでる間は逐一報告しようかと思ってたけど、あまりに多くて断念)で業界人としてはゲラゲラ笑ってすっきり読み終わりましたが、おそらくメインテーマであるところの、日本の行政体制その他における問題点については、わかりきってるコトではありましたが、きちんと正鵠な印象ですた。
 まぁ、簡単に死んで潜伏期間が短い感染症なんてのは実際可愛いモンですよねぇ。
 恐いのは、ある程度生存できて潜伏期間が長くて、最終的な死亡率は高いようなブツだなぁ、ということで。

▼週アスで楽しみにしてる連載のひとつに、仮想報道(歌田明弘)てのがあります。ニュートラルな視点で書いてるトキは実に面白い連載 なんですが、ときどき妙な話がありまして、ウェブ上にせめてサイトでも持ってるようなら、リンク貼ってここでも紹介できるのにナーとか思ってたわけですが。
 ブログが始動してたことが判明。てか、連載で御自ら書いてらっしゃったんですが。当時オレが探したトキにはなかったんだよ。
 というわけで、いくつか気になってしょうがなかったネタがあったので、ココに書いておいてみる。
 そのいち。
 「イラクの人質事件のときに「自作自演」説が官邸サイドから流されたことは記憶に新しい」(自分の声でしゃべりはじめた企業内ジャーナリストたち
 これってマジなの? 記憶に新しいどころか、初めて見た説なんですが。
 あの件に関しては、初期報道段階でのマスコミ皆さんの圧倒的な人質側寄りの立ち位置と、人質家族の異常な初動の速さの印象が強烈でして、それに対して「ヘンだぞ」ということで物凄い勢いで反発があった、その後、マスコミが手のひら返して人質叩きに転じた、という経緯があったと記憶してます。実際そうだったかどうかは、ちょっと今調べるのは困難(ネット上でさっくり探すだけで、時系列で情報集められるいい方法あるかなぁ?) で、その初期段階の報道が人質寄りだった時点で示された情報を見比べて検証した結果として出てきたのが、テロリストたちの行動や外見に関するリアリティの嘘臭さに対する指摘だったように記憶しています。
 この経緯に関する上述したようなオレの記憶があってて、なおかつこれが官邸側による情報操作だったんだとしたら、こりゃ恐ろしいことだぜ。まず人質寄りに偏った報道をさせておいて、その中に自作自演説を信じたくなるような情報を含ませておくことで、反発を誘発し、反発がくる前の段階にあったモノにまさかその時点での立ち位置における自分が不利になる捏造はあるまいという印象を与えて自作自演説を自然発生させた、ということになるわけですよ?
 オレの職場には共産党系の組織がビラ貼れるようなスペースがあったりしまして、まぁそれが共産党系の組織によるものかどうかは知らないんですが、例の人質事件に関して、マスコミが「自己責任」論(カッコつけたのには理由あります。わかるよね?)を煽って人質叩きを招いたがごとき前提のもとに、それに対する反抗であるが如く議論をしているようなビラが、つい先日まで貼られてました。でも、上述したように、比較的人質に批判的な立場であるオレあたりから見ると、そもそも自己責任を強く追及しなけりゃならんという危機感が煽られたのは、初期段階でのマスコミによる人質側立場に偏向した報道があった、という印象があったからなんですが。
 このへん、はっきりさせんと議論が成立しないような気がする。上述したビラの講演会で、こういう主旨の質問を飛ばしたいなぁ、とか思ったりもしたんですが、気づいたときにはすでに講演会終わってたため未遂となりましたが。
 そのに。
 「2ちゃんねるの時代は終わった」内にあったテキストを二箇所ほど抜粋。
「左とされるメディアや評論家たちが、北朝鮮への対応などで見当違いのことを言ってきたことも誰の目にもはっきりしてしまった」
「ネットの読み書き能力とその人の考え方は関係している──もっとはっきり言うと、読み書き能力のある人にはリベラルな考えの持ち主が多い」
 オレ個人は、「リベラル」と「左」を同一視するのはおかしいと思うんですが、この文章の中では同一に近い意味で使ってるとオレには思われるので、同一視してみるとどうだ。
 読み書き能力のある人は見当違いのことを云う人だ、ということになるわけですか。
 まぁ、この記事につけられたコメントに、「日本のメディアは左翼が体制派であって右翼はリベラルになるからな/全然不思議な現象じゃない」(スラッシュは改行)とあって、なんだか納得しちゃったりしましたが。
 以前、右寄りの人のブログにコメントで書いたことがありまして、見事に無視されたネタなんですが、オレらは左寄り朝日寄りの教育を受けてきたので、右の人々が少なくとも過去においてウソツキだったコトを知ってます。代表的な例としては大本営発表ですな。で、ウソをつく連中はクソだ、というふうに教え込まれてます。かようなバックグラウンドを持ったオレらは、だから、右寄りの人々が書いてるモノを読むときは常に眉に唾をつけてます。で、連中の書いたコトの中に多少ウソがあっても、「まぁ連中はウソつきだから」と、あんま噛みつかずに流したりします。癌呆だからしょうがない。で、左に対しては、「お前ら、さんざん右をウソツキだと罵倒してきといて、実はお前らがウソツキだったコトについちゃあ釈明もなしかい!?」と噛みついてしまうわけです。それが、オレの相対的な右傾化の理由です。実はクソはお前らだったんじゃないか!
 ついでだ。該当記事に、「やっぱりいま格好いいのは保守派のほうなんだ」とか書いてますが、保守のほうがカッコいい理由は、今の右の人々は一般人に呼びかける言葉として、「あんたたちはモノのわかってる人だ、モノのわかってる人に私は呼びかけるのだが、以下本文」というような云い方をするけど、今も昔の左の人々が一般人に呼びかける言葉は、「あんたたちはバカだ。あんたたちは何も知らない。あんたたちは騙されてる。モノのわかった私は何も知らない騙されてる愚かなあんたたちに親切にも教えてやるのだが、以下本文」という云い方だからです。で、ありがたくも教えてくれたアレやコレがなんと見当違いのウソだらけだということがバレてしまった今でも、見当違いのウソを垂れ流してきたことに関する反省も見せずに、相変わらず「あんたたちはバカだ」とやってる。これは少なくともカッコという面だけについて云うなら相当にカッコ悪いと思うんですが、どうよ?
 右のほうがカッコいいのは、左があまりといえばあまりにもカッコ悪すぎるからであって、べつに右がカッコよくなったわけじゃないんですよ?
 もう少し、なんとかならない?
 選挙権を得てから国政選挙を棄権したことは一度もなく、政権転覆に賭けて民主に投票したいちばん最近の一回を除いて全ての選挙で共産党に投票してきた人間の意見ですぜ、これは。(オレは共産主義者でも共産党支持者でもありません。共産党が反対するものに対して多くの場合反対である立場から、共産党という反対票の数を維持しておくことに意義があると考えているだけです。敵の敵)
 左の連中が「人をバカにしてる」感は、同時に、連中自身がバカなんじゃねぇか、という印象を与えるということもお忘れなく。
 たとえば、大学のような、少なくとも一応バカじゃないコトになってる連中が集う場所で、「あんたたちはバカ」式の話し方しかできないってのは、どうなんですか?
 なんとかできませんか?

泣いた。というとアホみたいだけど、なんか「君が僕を知ってる」みたいなアレだ。
 さすがだ、12 歳。ホントに上手いなぁ、と思うよ。

▼大いなるクトゥルフ首 30 本 Ver
2005/02/04 (Fri)
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